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三苦(さんく)の意味や考え方が悩み解決のヒントになる

現代にはさまざまな苦しみや悩みがあります。他人から見れば恵まれているように見える人であっても、それぞれの苦しみや悩みを抱いていることでしょう。

そんな苦しみから解放されたいと願う人は少なくありません。

仏教では、苦しみを取り除くため、苦しみについて深く理解する「三苦」という考え方があります。この記事では、三苦について分かりやすく解説します。

現代人の悩みを解決するヒントとなる三苦について、ぜひ知ってみてください。

三苦とは

仏教では、苦しみの種類や深さを細かく分類しています。漠然と感じている苦しみをより深く理解することから、苦しみを取り除くきっかけを見つけることができるのです。

三苦(さんく)は、苦しみの深さを表す言葉です。

三苦を理解することは、今感じている苦しみが、どれ位深い苦しみなのかを理解するヒントになるでしょう。

三苦の種類

三苦は以下の3つに分類されます。

  • 苦苦(くく)
  • 壊苦(えく)
  • 行苦(ぎょうく)

それぞれの意味を詳しく解説します。

苦苦

苦苦(くく)は、今現在感じている苦しみを指します。

例えば、足をぶつけて痛みに苦しむその苦しみは苦苦です。病気になる苦しみや熱さ寒さによる苦しみ、大切な人を失う苦しみなど、多くの苦しみは苦苦に該当するでしょう。

その他にも借金を抱えている金銭的な苦しみや人間関係による苦しみも苦苦です。

苦苦のほとんどは、仏教の教えに習わなくとも乗り越えられる苦しみと言えるでしょう。そのため、苦しみの深さで言えば最も軽いものです。

怪我や病気による苦しみなら病院に行けばよいし、経済的な苦しみは働いて金を稼げばよいでしょう。人間関係の苦しみは、さまざまなノウハウを学ぶことで改善できる余地があります。

壊苦

壊苦(えく)は、幸せが壊れる苦しみです。分かりやすい例でいえば、自分の好きなことを仕事にしたのに段々と「早く帰りたい」「休みたい」と思うようになるケースが挙げられます。

本来、仕事は苦しいものです。しかし、新しく始めたうちはその苦しさに気付かなかっただけで、徐々に苦しみを自覚していく様子とも言えるでしょう。

ブッダの言葉に「故き苦をもって苦となし、新しき苦を楽となす」という言葉があります。新しいものは刺激的です。そのため、苦しいことであっても新鮮な刺激によって楽だと勘違いしてしまいます。

本当は最初から苦しみであったと気付いた時、ズンっと心が重くなるような気分になることでしょう。

仏教の教えでは「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉があります。物事は常に移り変わり、永遠に同じ状態は続かないという意味です。諸行無常の教えの通り、楽しいと思った感情でさえも、永遠には続かないと説かれています。

行苦

行苦(ぎょうく)とは、諸行無常であることを嘆く苦しみです。

今は楽しくても、いつかこの楽しさはなくなってしまうことを悟り、いつだって自分自身にまとわりつくほの暗い苦しみを指します。最愛の人と一緒に居ても、いつか死に別れてしまうのだろうと悲しみに怯える苦しみともいえるでしょう。

特に、仏教の教えを理解してる人ほど、行苦に苛まれる傾向にあります。行苦では不安や絶望、無力感など精神的な苦しみを味わうことが多いです。悟りを開くことは非常に難しく、行苦から解放されるには悟りを開く他ありません。

だからこそ、行苦は最も深い苦しみに位置付けられています。

三苦に似ている言葉

仏教には苦しみを表す言葉が多くあります。続いては、三苦に似た意味を持つ言葉を紹介します。

一切皆苦

一切皆苦(いっさいかいく)とは、仏教の根本的な教えのひとつです。諸行無常の世において、すべての生き物は自分の思うように事が進まない苦しみを抱えるという考え方です。

ここで示されている苦しみは、肉体的な苦痛だけでなく精神的な苦痛も含まれます。代表的なものに「死への恐怖」が挙げられるでしょう。生まれたその時から、いつか来る死に対する不安や恐怖を感じるものです。

しかし、仏様は生きることに絶望するために一切皆苦を説いている訳ではありません。傷みや恐怖、不安などの苦しみを取り除くために、その苦しみを正しく受け止める重要さを説いているのです。

四苦八苦

四苦八苦(しくはっく)とは、一切皆苦の苦しみを8つに分類したものです。

四苦には以下が挙げられます。

生苦(しょうく)生まれる苦しみ
老苦(ろうく)老いる苦しみ
病苦(びょうく)病気による苦しみ
死苦(しく)死への恐怖による苦しみ

八苦には以下が挙げられます。

愛別離苦(あいべつりく)生き別れや死別など、大切な人と別れる苦しみ
求不得苦(ぐふとくく)願うものが手に入らない苦しみ
怨憎会苦(おんぞうえく)嫌いな人と出会う苦しみ
五蘊盛苦(ごうんじょうく)感覚や欲求などを含め、自らの心身が思い通りにならない苦しみ

四苦八苦は、生きるなかでどうしても避けられない苦しみを指しています。

四諦

四諦(したい)とは、ブッダが悟りを開いた後、一番最初の弟子たちに説いた教えのひとつです。人の生における苦しみを4つに分類して説き、苦しみの原因を取り除く方法を考え、実践するためのメソッドのように示されています。

苦諦(くたい)生きるなかでどうしても避けられない苦しみが存在する真理。四苦八苦に説かれる苦しみも含まれる
集諦(しゅうたい)苦しみの根本には、執着や欲望などの煩悩があるという真理
滅諦(めったい)苦しみは永久ではなく、悟りを開くことで取り除けるという真理
道諦(どうたい)実際に苦しみを断ち切るための方法が存在することを説く真理

現代社会で多くみられる「求不得苦」とは?

求不得苦は、八苦に含まれる苦しみです。どうしても求めてしまう、しかし手に入れられないことを嘆き、苛まれる苦しみを指しています。

この求不得苦は、苦しみのなかで最も多くの人が悩まされている苦しみと言えるでしょう。豊かになればなるほど、人々の理想は高くなります。理想が高くなるほど、望み通りのものを手に入れるのは難しくなるでしょう。

欲しいのに手に入らない、その苦しみこそが求不得苦です。

現代人が求不得苦に悩む理由

現代人が求不得苦に苦しむ理由として、豊かになった現代の生活が要因のひとつに挙げられます。

資本主義社会

資本主義とは、国ではなく個人や企業が生産手段を持ち、利益のために自由競争ができる経済の仕組みです。資本主義は経済の潤滑を生みますが、資本主義社会で保障される私有財産の保持権利によって、社会のなかで格差が生まれます。

多くの資産を有している人はより豊かに、資産を持たない人は経済的に苦しい暮らしを強いられることでしょう。努力によって資産を増やし、望む生活を手に入れる人もいるでしょう。しかし、多くの人は望む生活を得ることが難しく、理想や欲求に苛まれ続けるでしょう。

豊かな人が持っている物を自分自身が持てない苦しみ、得られないと分かっていても求めてしまう求不得苦に苦しみます。

SNS

近年、SNSの利用者は増加の一途を辿っています。これまで、若者だけのツールとして利用されていましたが、近年は50~60代までの幅広い人々がSNSを利用しています。

SNSでは、気軽に自分の思いを発信できます。喜びや悲しみ、さまざまな感情を手軽に不特定多数の相手に発信することができるのです。

新しい車を購入したという投稿を見て「羨ましい」と思う人もいるでしょう。好きな人への告白が成功して「自分も恋人が欲しい」と思うこともあるでしょう。

嘘か本当かも分からない、画面上の出来事であっても、誰かが得ているものを羨んでしまい、欲しいと思ってしまうのです。本来なら出会うことのない情報を過剰に受けとってしまっているのも原因のひとつと言えます。

SNSをすることで求不得苦の苦しみに悩まされている人は決して少なくないでしょう。

経済格差

資本主義社会と経済格差はセットです。資本主義によって社会が豊かになるほど、個人間の所得や資産、生活水準には格差が広がるでしょう。

格差が広まるほど、社会的不満は大きくなります。治安が悪化する可能性もあり、穏やかに暮らすことさえ難しくなることもあります。人々の求める幸せな暮らしを得られないことで、求不得苦の苦しみを抱えやすくなります。

三苦から解放されるヒント

仏教では、苦しみから解放されることが可能であると説いています。続いては、三苦から解放されるヒントとして、釈迦やスマナサーラの教えを紹介します。

仏教・釈迦の教え

釈迦(しゃか)は仏教の開祖であり、ガウタマ・シッダタールとも呼ばれます。四苦八苦や四諦を説いたのも釈迦です。

釈迦は生きることは苦であると説いています。諸行無常を理解せず、今の幸せも永遠に続くことはないと理解しないため、我に執着することが苦を生んでいると説きました。

我に執着するというのは、つまり煩悩を持つということです。煩悩とは、煩わせ悩ませる心です。煩悩は108もあり、特に大きな煩悩として以下のものが挙げられます。

  • 貪(物質的な快楽を求める心)
  • 瞋(他者に対する憎しみや敵対心)
  • (無知で真理を理解できない状態)
  • 疑(人や神の教えを疑う心)
  • 慢(自分を過大評価し自惚れる心)
  • 悪見(物事を正しく理解できない状態)

すべての煩悩を消し去ることは難しいです。しかし、自分自身を悩ませている心が煩悩だと理解できれば、それを手放すための思考を見つけることができるのではないでしょうか。

アルボムッレ・スマナサーラの教え

アルボムッレ・スマナサーラは、イギリス領出身の僧侶です。スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)の偉大な長老であり、仏教の教えを説いています。

アルボムッレ・スマナサーラは、釈迦の教えである「生は苦なり」という言葉を大切にし、生きることは苦から逃れ続けることと説いています。生きていると苦から逃れることはできず、人は苦を逃れるための行動を選んでいるのです。

また、怒りや執着の感情を手放すことを特に説いており、他者を変えるのではなく自分が変わることで苦を手放していくことをすすめています。

釈迦の教えは、時間と共に徐々にその形を変えて伝わっている部分もあります。アルボムッレ・スマナサーラは釈迦の教えの根本を通じて、多くの人々に説法をしています。

三苦を理解して豊かな人生を歩む

今回は三苦について詳しく紹介しました。三苦だけでなく、四苦八苦や一切皆苦など、仏教ではさまざまな苦が説かれています。しかし、仏様は苦は乗り越えられるものであると説いており、そのために煩悩を捨て諸行無常を理解することが大切です。

現代社会では多くの苦があります。現在も苦に苛まれている人は多くいるでしょう。苦に悩まされている人は、仏教における苦の概念を理解することから始めてみてください。自分が何故苦しんでいるのかを理解することで、おのずと苦を取り除く方法も見えてくるでしょう。

よくある質問

Q1. 三苦は「苦しみ」をどう分類する考え方ですか?

三苦は、苦しみを深さで捉えるための分類です。漠然とした苦しみを「どの種類の苦なのか」に分けて理解し、苦を取り除くきっかけを見つけるために用いられます。分類は苦苦・壊苦・行苦の3つです。

Q2. 苦苦はどんな悩みが当てはまりますか?

苦苦は、いま現在感じている直接的な苦しみを指します。怪我や病気の痛み、暑さ寒さ、人間関係、借金などの金銭的な悩み、大切な人を失う苦しみも含まれます。三苦の中では最も軽い苦しみと位置づけられています。

Q3. 壊苦は「幸せなのに苦しい」と感じる状態も含みますか?

含みます。壊苦は、楽しい・幸せだと思っていた状態が崩れていく苦しみを指します。好きな仕事を始めたのに次第につらく感じるなど、最初は楽だと思ったものが「本当は苦だった」と気づくことで生まれる苦しみです。

Q4. 行苦が最も深い苦しみとされるのはなぜですか?

行苦は、諸行無常を悟り「今の楽しさもいつか失われる」と知ることで生まれる苦しみだからです。不安や絶望、無力感といった精神的な苦がまとわりつく形で現れ、仏教の教えを理解している人ほど苛まれやすいとされています。行苦から解放されるには悟りを開くほかないと説かれています。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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