私の職業は看護師です。長年人の生死に関わってきました。現在、病院等の医療機関での死が約8割、続いて自宅、施設等となっています。在宅での看取りの希望が増えてきていますが、まだ備えが十分ではありません。
病院での死をテーマとした理由は、小児時期から関わってきた患児(移行期を迎え成人となっています)達が次々と終末期を迎え、亡くなっておられます。胎児期より疾患が見つかり、生涯入退院を繰り返し治療を行ってこられました。就学しても休みがちで友達ができず、いじめに合うこともあり、友達は同じ病気を持った患児に限られています。
社会生活が十分でなく、病気の影響で発達も遅れている患児も多々います。親の希望もあり、余命は告知していないのが現状で、治ると思い治療されています。最期は治療ではなく症状緩和を主に行いますが、段々と容姿の変化が起こり、最期は元がどうであったかわからないほどになります。
その度に心が苦しくなり、こうなる前に何かできなかったのかとやるせなくなります。ただ、ご遺族は全く私達を攻めることなく感謝されます。それがまた苦しく、苦しすぎて、長く観させて頂いた患児の死であっても涙が出ません。健康で生まれても、病気をもって生まれても「生老病死」避けられない苦、人は生まれた瞬間から「死」に向かって生きていると学んだ時、苦しみが少し和らいだ気がしました。
自分にできることをやろうと、苦しまずに自身が報われるよう、精一杯のことを全力でやろうと思いました。それから、痛みや苦しさを通り越し、もう意識もなく声掛けにも応じることない最期を迎える大事な患児さんへ、心で何度も南無阿弥陀仏を念仏しながら、ゆっくりと体をさすることを行いました。
患児さんの苦しみ、ご家族の苦しみ、私の苦しみ等を親鸞聖人の仰る「他力本願」で阿弥陀様の無限の慈悲に救いを求め、幸せに導いて下さる力に頼ることで報われていきました。今は病院でやれることを、今後はもっと学びを深め地域に貢献できるようにしていきたいです。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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