辛く、悲しい話であるが、「自らの命を絶つ」ということについて考えてみた。通信制高校と大学を併設している機関が職場なので、毎年四月から五月にかけては、職場に独特の緊張が漂う。新年度が始まり、慣れない環境で過ごす生徒、学生が、大型連休を過ぎるころから心身の不調を抱えやすい時期なのだ。子どもたちの普段の様子や、登校状況などいつにも増して、注意しなくてはいけない。が、どんなに気を付けていても、残念ながら悲しい知らせは届いてしまう事がある。広域通信制なので、全国12の校舎のどこで、何が起こるか、完全に予測することは難しい・・。
長く勤務されている先生からお聞きしたのだが、「その道を選んでしまう生徒ほど、その直前には、驚くほど明るく、はつらつとして、何かが吹っ切れたようなそぶりを見せるんですよ」と・・・。周囲の人間は、ああ、悩みが解決したのかな?前を向けるようになったのかな?と勘違いして、油断してしまう。「だから尚更、辛くて悔しいんですよ」
生きていくのが苦しい、こんな日々は終わりにしたい。生き続けるという事は、そんな思いが繰り返し襲ってくるのも事実。老若男女問わずである。が、人はそんな時に何を心のブレーキにしているのか?それは、やはり「人」である。家族、兄弟姉妹、友人、近所の人、誰でもいいから、ほんの少しでも話の出来る人が近くにいれば、踏みとどまれる場合がある。
孤独感や孤立感に苛まれたとき、どうか、勇気を出して周囲の人を頼ってほしい。また身近にいる人のちょっとした変化や言動に気を配って、様子が気になる時は思い切って、声をかけて欲しい。難しいことではなく、ただその人の話を聞いて、共感できるところはしてあげて、理解を示してあげるだけでいい。それだけで、深い闇から抜け出せることもあるのだから。