書いた人:仏陀倶楽部 会員
長年親しんだ建物や風景が失われるとき、思いがけない感情が湧いてくることがあります。30年以上前に通っていた小学校の校舎が建て替えられることになり、工事が始まった母校を目にしたとき、これまで経験したことのない気持ちが生まれました。普段は過去を懐かしむことがほとんどなかったのに、なぜ心が動いたのでしょうか。
いつもの母校に訪れた変化
私は年に数回ほど母校の小学校の近くに行くことがあるので、その際は意識して母校の前を通るようにしてきました。
半年ほど前にいつものように通ったところ、「建築計画のお知らせ」が出ているのを目にして、約1年後に新校舎の建築が始まることを知りました。
そのときは「ようやく新しくなるのか……」としか思いませんでした。というのも、私が通っていた30年以上前には、すでに年季が入った校舎だったからです。
つい先日、いつもと同じように母校の前を通ったら、足場が組まれていました。校舎に人気はなく、あとで調べたところ、二学期から少し離れた場所の仮校舎に移ったとのことでした。
そして、校庭を見てみると、トラックが出入りし、重機が置かれていました。その光景を見た瞬間、何とも言えない、これまで経験したことのない感情を覚えたのでした。
初めて気づいた「郷愁」という感情
母校の近くで用事を済ませて家路につく途中、さっき覚えた感情は何だったのかを考えてみました。この感情は、もしかして「二度と戻らない時間や風景に対する寂しさ」、郷愁なのでは?
私は過去を思い出しても、懐かしむことがほとんどなかったので、自分にも郷愁という感情があったのかと驚いたのです。母校の旧校舎での最終授業で「郷愁」を知りました。
そんなふうに思えたのでした。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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