人間関係、信頼感とは・・・。
引きこもりや、不登校経験のある生徒・学生と少なからず日々かかわっている中で、近年非常に強く感じることがある。それは、若者たちの周囲への無関心さの強さである。学校であるから、一定の周期で学生は入れ替わっていくのだが、年を追うごとに彼ら、彼女らの視野の狭さや興味関心の薄さといったことが強烈になっている。他の全日制の学校と違い、生徒と教職員の距離が近いのが通信制高校の特徴の一つである。多かれ少なかれ通信制を進学先に選ぶ生徒たちには、学校や大人に対する不信感がある。先ずはそこから溶かしていかなくてはいけないのだが、最近の若者たちはそのキッカケすら見せてくれない場合が多い。
好きなものや興味のあること、食べ物飲み物、お菓子、ファッション、音楽、旅行、あらゆる角度からやんわりと、それとなく聞き出そうとしても、「はい」「いいえ」の答えだけで終わってしまう。そもそも「貴方とお話なんかしません」というスタンスだ。
取り付く島もない、という感じである。もちろん、発達障害概等でコミュニケーションに問題をかかえている場合もあるが、人間不信や大人不信を抱えている子も相当数いる。だが、この子達は、時間と信頼感があれば、確実に変化していくことを経験上知っている。
とは言え、この信頼感というものが難しく、こちらから押し付けては絶対ダメだし、見守りすぎてもいけない。(放置ととられる)。適度な距離感で、たっぷり時間をかけているうちにほんの少しずつだが、溶けていく。縁あって知り合えた一人一人の若者たちだから、時間がかかっても良いので、ほんの少しでも相手からコミュニケーションの兆しが出ることを気長に待つことにしようと思いながら、今日も、「道端の石ころ」を見るような目で見返されることに耐えよう、と思っている。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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