先日コミュニケーション力が高いと聞かされていた方と話をする機会に恵まれた。
しかし、私には高いようには思えなかった。確かにスラスラと話すのであったが、この方は他人の話を聞かない(聞けない)方だと感じたのだ。
一方で「私はコミュ力が高くないんです…」とおっしゃる方とも話をする機会に恵まれた。
この方は親身になって話を聞いていただき、そして何より”相手に話させる”雰囲気をお持ちであった。この方はコミュ力の高い!と話し終わって真っ先に思ったのであった。
現代のSNS時代、発信したもの勝ちみたいな風潮が蔓延して、「発信力=コミュニケーション力」となっているような気がして仕方ない。
本来、コミュニケーションとは”言葉のキャッチボール”であると私は思うが、今や”言葉の壁当て”である。
今一度、”言葉のキャッチボール”がしっかり成立する、本来のコミュニケーションが見直される必要が不可欠だと思ったのである。






















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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