誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

斉藤孝著 歎異抄を読んで

親鸞さまのお教えやお考えを知りたいと思い、歎異抄を読んでみました。
とは言え、原文は私にとって読みにくく、2冊ほど解説本を手に取りましたが私には合いませんでした。

3冊目で、斎藤孝さんが書かれた図解・歎異抄は、考え方を図式化されており考え方の方向性や枠組み等が理解しやすいものでした。

特に「悪人正機」については、解説が秀逸だなと感じます。
非常に有名な言葉「悪人正機」ですが、現代人すらも「悪人こそ救われる」と勘違いしがち。
ですが、悪人になれば救われるのではありません。

他方である善人はセルフ・エスティーム(自身に価値があると尊重した状態)が高く、自力でお浄土に上がろうと修行をします。
善人の定義に当てはまる人は非常に稀なのではと思います。

ですが悪人、つまり煩悩にまみれた状態でセルフ・エスティームが低い状態だと、自力でお浄土には上がれません。
そこでお念仏を唱え、他力を頼む心があれば、阿弥陀仏の本願によって救われるということです。

正直、ここで定義された善人は、人類ではマイノリティーだと思います。
私を含め、あらゆる煩悩を持った悪人が多いのではと考えています。

また、あえて悪行をすればお浄土に上がれるといった「本願ぼこり」の話についても、
「念仏という薬があるからと言って、わざわざ悪行という毒を飲まなくてもいい」、というエピソードは個人的に大好きです。
なんというか、人間らしい考え方だなぁと思う一方で、慈悲のあるストーリーだなと感じました。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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