Report by 釋 行権
暮らしの基盤としての「信頼」と仏教の縁起
私たちの暮らしにおいて「信頼」とは、目に見えぬけれども最も大切な絆です。それは仏教で説かれる「縁起(えんぎ)」の教えにも通じています。すべてのものは互いに関わり合い、支え合って存在しており、その関係が成り立つには、互いの信頼が前提であることを、私は改めて思い知らされました。
無断転貸から学ぶ、契約と「悪業(あくごう)」の報い
私は賃貸人として、ある法人に戸建てを貸し出しました。しかし、その賃借人がさらに別の法人へ無断で転貸していた事実を知りました。賃貸借契約というのは、単なる法律行為ではなく、互いの信頼をもとにした社会的な約束ごとです。その約束が破られることは、仏教の言葉で言えば「不正」となり、他者の善意を裏切る「悪業」にあたると感じました。
仏教では、すべての行為には結果が伴う「因果の道理」が説かれています。善い行いをすれば善い結果が生じ、悪い行いをすれば悪い結果がもたらされる。今、無断転貸という行為を行った者には、たとえその場はうまくごまかせたとしても、やがてその行いの報いが、思わぬ形で返ってくることでしょう。それは法律による制裁かもしれませんし、あるいは社会的信用の喪失という形で現れるかもしれません。
信頼を損ねる行為がもたらす「悪果」
信頼を損ねる行為は、一見小さなことのように見えても、時間をかけて大きな代償を生み出します。そしてその悪果は、行った本人が必ず受け取ることになります。これは仏の教えに照らしても揺るがぬ真理であり、私自身、賃貸人として、そして一人の仏教徒として、この道理を深く胸に刻みました。
人と人との関係がますます希薄になる現代(いま)にあってこそ、私たちは改めて「信頼」の重みを見つめ直すべきなのではないでしょうか。契約とは紙一枚で終わるものではなく、そこに込められた人の心と信義に支えられています。仏教の教えに基づくならば、正しく生きることこそが、真の安心と利益をもたらす道であると、私は強く信じています。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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