誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

中学受験の合否を超えて。病を乗り越えた娘が教えてくれた「結果への執着」の手放し方

中学受験の合否を超えて。病を乗り越えた娘が教えてくれた「結果への執着」の手放し方

Report by 釋知高

小学5年生での入院を経て、6年生の秋から中学受験という挑戦に踏み出した一人の少女がいました。成績が届かない焦りや不安の中、親子はいかにして「結果への執着」を手放し、当日を迎えたのか。試験会場で待つ3時間、親が直面したのは、娘を信じてただ祈るという「内観」のひとときでした。

病を乗り越え挑戦した中学受験:親子の試練と内観

昨日、長女の中学入試が終了しました。 娘は病気のために、小5の秋から1年間学校にも行けなくなり、4ヵ月入院もしました。人生の大きな試練でした。

ようやく回復してきた小6の9月から、本人の強い希望もあり、中学受験に挑戦しました。最初は日数や時間をセーブしながら恐る恐るのスタートでしたが、内容にもまったくついて行けず、とても大変だったと思います。当然、模試の成績や過去問の点数はかなり足りませんでしたが、本人は前だけを向いて努力を続けてきました。

本人の頑張りと、それを支える塾でのご指導もあり、その後成績は右肩上がりで推移し、最後には過去問で合格点を取れるところまでたどり着きました。娘がどれだけの努力と精進を重ねたか、親として計り知れません。

祈って待った3時間:結果への執着を手放す

昨日の朝、中学校まで一緒に行き、昇降口で見送りましたが、娘の後ろ姿はぼやけて見えなくなりました。私の老眼のせいではありません(笑)。この1年間の苦しかったことが、走馬灯のように脳裏を駆け巡り、感情を抑えるのが難しくなりました。

テストが始まってしまえば、親ができることはもう何もありません。ただ祈って待つしかありません。この「待つ」という行為は、結果への執着を手放し、ただ娘の努力の集大成を信じる、親にとっての大きな内観の機会となりました。待っている3時間の長いこと…

合格・不合格以上に大切なもの:娘の「やり切れた」という言葉

試験終了後、出てきた娘の第一声は、「あー、疲れた~。全力でやり切れたので、もう悔いはないよ。今まで自分でも頑張れたと思う」というものでした。

この言葉を聞けただけで、親としてはもう十分です。親子の心の葛藤を経た上で、結果はあまり気になっていません。なぜなら、娘は合格・不合格という形式的な結果以上に大切なものを手に入れられたと思うからです。

それは、どんな困難な状況にあっても「自分はやり切ることができる」という揺るぎない自信と、試練を通して培われた内なる強さです。中学受験というプロセスを通じて、娘は大きな精神的な成長を遂げました。

本当にお疲れ様。よく頑張ったね。ありがとう。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明のコラムはこちら