書いた人:釋 知高
日本の少子化について、経済的な不安や未婚化、晩婚化だけでは説明しきれない背景を考えます。共働きで四人の子どもを育てる日々の実感から見えてくるのは、制度の有無だけではなく、結婚や子育てを社会全体で支える関係性が弱まっているという問題です。子育てを自己責任にしない社会のあり方を問いかけます。
制度だけでは支えきれないもの
日本の少子化の進行が加速していることは、周知のことだと思います。2025年に生まれた子どもの数は約67万人、合計特殊出生率は1.14と、いずれも過去最低を更新しています。合計特殊出生率とは、一人の女性が一生で産む子どもの数の平均です。
半世紀前には、年間に200万人以上の子どもが生まれていたのですから、子どもの数の減り方は異常だと言えます。今後数十年で、この状況はさらに悪化するとの予測も出ています。少子化は、付け焼き刃の対策ではもう止められないところまで来てしまっています。
未婚・晩婚の進行、若い世代の経済的な困窮、女性が一人で暮らせるようになったこと、共働き家庭の子育ての大変さ、祖父母と同居しない核家族が増えていること、物価高や教育費の高騰による将来の不安……。
少子化の原因としてさまざまなことが取り上げられています。これらが理由の一端になっているとは思いますが、少子化の本質に踏み込んだ本当の理由にはなっていないように感じています。
我が家は共働きで、四人の子どもの子育て真っ最中ですが、日々そのことを痛感しています。
子育て家庭が孤立している
ひと言で言うと、社会という共同体全体で結婚や子育てを支援するという枠組みが崩壊し、個人や家庭が孤立してしまっていることにあると思います。
育休や助成金などの制度は、形としては整ってきています。けれど、会社や社会が本当の意味で、子育てをしている人、しようとしている人たちに優しくないのです。
言い方を変えれば、みんなに余裕がなくなってきているということなのかもしれません。
「おせっかい」がなくなった社会で
ひと昔前は、おせっかいな上司や親戚のおじさん、おばさん、ご近所さんなどが、結婚や子育てで困った時には助けてくれました。
時代が変わったと言えばそうなのですが、今は何かあれば「〇〇ハラ」と言われたりして、身内ですら口や手を出すことが難しくなっています。
逆に、若い夫婦が困った時に、SOSを発信しにくい社会になってしまっているという側面もあると思います。「子育ては自己責任」だと、当事者も周りも考えてしまっているのです。
助けてと言える共同体へ
社会全体で、その地域の子どもを育てる。社会の中で、余裕がある人が困っている人を助ける。困っている人が「助けて」と気軽に言えるようにする。
こんな社会になれば、少しは少子化が止められるのではないかと考えています。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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