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仕事の苦しさと向き合う――三法印から考える心の持ち方

仕事の苦しさと向き合う――三法印から考える心の持ち方

書いた人:仏陀倶楽部 会員

仕事では思い通りに進まないことや、自分の力だけでは抱えきれない場面が少なくありません。そんなとき、目の前の問題に一つずつ対処し、必要なら人を頼るという姿勢は、仏教の教えとも重なるところがあります。本レポートでは、仕事仲間への助言をきっかけに、三法印や親鸞聖人の言葉から「仕事の苦しさ」との向き合い方を考えています。

仕事仲間に伝えたこと

私は仕事の仲間から仕事のつらさを打ち明けられたとき、次のように説明したことがあります。

業務の中では、思い通りにいかないことも多々ありますが、それはある意味、普通のことでもあります。ひとつひとつ対処していくしかありません。

自分の限界を超えそうなときは、周囲の人も頼りながら、時には割り切りも必要になるかもしれません。がんばりすぎないように対処していきましょう、と伝えました。

振り返ると、三法印につながっていた

これは、よく考えてみると、仏教の根本的な真理である三法印(さんぼういん)に沿った説明でもありました。

諸行無常(しょぎょうむじょう)ですので、物事が想定通りにいかないことは多々あります。諸法無我(しょほうむが)ですので、周囲の影響を受けることもあれば、支えられたり、助け合ったりすることもあります。ひとつひとつ対処していくことで、一時的に心が落ち着き、安らぎを感じることはあります。

しかし、それは仏教で説かれる涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)そのものではなく、その安らぎを少し味わうような体験なのかもしれません。

煩悩を抱えたまま生きる

親鸞聖人は、人間を「煩悩具足の凡夫(ぼんのうぐそくのぼんぶ)」として捉えています。欲や怒り、腹立ち、そねみ、ねたみは、臨終の一念に至るまでとどまらず、消えず、絶えないとされています。

そうであるなら、生きているうちに本当の「涅槃寂静」を体験することは難しいのかもしれません。

しかし、自分を見捨てない阿弥陀如来の大いなるはたらきによって、仕事の苦しさや悩みの中で、その都度対処を重ねていくことが、一時的な安らぎや気づきをいただく機縁となっているのだと思います。

苦しみの中で気づくこと

仕事のつらさそのものがなくなるわけではありません。

しかし、その苦しみを通して、自分の限界を知り、人に支えられていることに気づき、阿弥陀如来のはたらきに遇う縁となるのであれば、少し穏やかな気持ちで向き合うことができるのかもしれません。

南無阿弥陀仏。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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