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初めてのお経とお茶の会で学んだ、唱え方の違い

初めてのお経とお茶の会で学んだ、唱え方の違い

書いた人:釋孝運

仏陀俱楽部のイベント「お経とお茶の会」に参加し、初めてお経を学んだ体験のレポートです。同じ宗派であっても、僧侶によって唱え方や節回しに違いがあることへの疑問をきっかけに、竹下暁蓮様から教わったことが綴られています。後半では、お茶の時間を通して感じた落ち着きや、作法にとらわれすぎない場の温かさも伝わってきます。

お経の唱え方への疑問

先日、仏陀俱楽部の催事である「お経とお茶の会」に出席させていただきました。

自分にとっては初めての経験でした。これまで霊園での祭事のたびに、いろいろな宗派のご住職様が来られていましたが、同じ「真言宗」においても唱え方に違いがあることを不思議に思っていました。そのことについて、質問をさせていただきました。

当日は、僧侶の竹下暁蓮様よりご教授を受ける運びとなりました。前置きで述べたように、同じ宗派の中でも、派により唱え方に相違があるのかという質問をさせていただきました。

各ご住職様の唱え方には、たとえば次のような違いがあります。

① 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
② ナンマイダー、ナンマイダー
③ ナマンダブ、ナマンダブ
④ ナムアミダー、ナムアミダー
⑤ 何を唱えているか分からない(ムウーウ、ムウーウ)という唸り声のような唱え方

伝わる形で唱えるということ

同じ宗派でも不思議に思っていましたが、各僧侶の考えの中で唱え方は自由であり、聞く方に伝わればよいのだと教えていただきました。

また、⑤については、間違えては困るから、わからないように唱えていることもあるのではないだろうか、というお話もありました。

お経の節回しについても同様で、基本となる経本はありますが、必ずしも同じように唱える必要はないとのことでした。唱えやすい形で、経本に近い節回しをすれば、聞こえ方も整ってくると教わりました。これは練習次第ですね。

お茶の時間で感じた落ち着き

最後に「お茶の会」にお招きいただきました。これもまた厳粛な雰囲気の中でありながら、作法にとらわれることなく、「おいしく召し上がれば心も落ち着いてきますよ」とお話しいただき、雑談を交えながら楽しく過ごさせていただきました。

初めてのことで、非常に良い、貴重な体験をさせていただきました。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

仏陀倶楽部では、 日々の迷いや立ち止まりを、
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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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