何かに向かってひたむきに努力することを「精進する」と言います。
仏教用語としての精進も同じような言葉として用いられるものの、現代においてはやや異なる解釈をされている場合があるのをご存じでしょうか。
そこで今回は、精進の本来の意味について、現代での正しい使い方とあわせてご紹介します。
精進とは?本来の意味と読み方について

精進は「しょうじん」と読み、仏教においては煩悩を取り払い、仏道修行に一所懸命努力することを指します。
特に、正しい方向へひたむきに努力する場合に「正精進(しょうしょうじん)」と呼び、六波羅蜜の1つにも精進波羅蜜として含まれています。
仏教は、悟りを開くために修行を行うものの、その道は険しく困難です。
さらには、修行の内容も善い行いでなければならず、毎日コツコツと積み重ねていく必要があります。
だからこそ精進という言葉があり、仏教の中でも重要な考え方・実践徳目だとしているのです。
「精進する」の本来の意味においては、現代でも同様のことを指す、と捉えて良いでしょう。
精進=肉を食べないは誤解
精進料理は、仏教の不殺生戒に基づいて、肉・魚・乳製品といった動物性食品不使用で作る料理です。
そのため、肉を食べない=我慢するといった意味を精進と捉え、禁欲や執着を捨てることを精進と考える方も見受けられます。
先ほどもお伝えしましたが、精進は一所懸命努力することであり、我慢する、禁欲や執着を捨てる意味ではありません。
精進するために動物性食品を口にしない食事が精進料理である、と理解しておきましょう。
精進の言い換えや対義語
精進するの言い換えとしては、以下のような言葉があります。
- 努力する
- 邁進(まいしん)する
- 研鑽(けんさん)を積む
- 尽力する
- 精を出す
- 熱中する
- 一生懸命になる
- 集中する
- 奮闘する
- 全力を尽くす
また、対義語については、以下のような言葉があります。
- 懈怠(けたい)
- 怠惰する
- 怠慢
- 無精
- 惰性
- 横着
特に懈怠に関しては仏教用語であり、善行および修行に励まない心の状態を指し、精進の正真正銘の対義語です。
なぜ仏教は「精進」を重視するのか

仏教においては、六波羅蜜の1つに精進があります。
さらに、お釈迦さまが説いた四聖諦(ししょうたい)にある八正道(はっしょうどう)の6番目には「正精進」があります。
このことからも、精進は仏教において重要な要素であるとわかるはずです。
では、なぜ精進が仏教において重要なのかをお話ししていきましょう。
苦しみから抜け出すための努力が「精進」
仏教では、修行をしなければ現世の苦しみから抜け出すことはできないとされています。
そのため、一所懸命に修行を行う、つまり精進する必要があるのです。
事実、お釈迦さまも涅槃に入る前に精進することの重要性を説いており、精進した結果として執着やあらゆる欲からの脱却ができるとしています。
正しい方向・方法で怠けずに行うことで報われる
ただ闇雲に努力するのは精進とは言わず、正しい方向・方法で怠けずに行う努力こそ精進です。
正確には正精進と言いますが、正しい方向・方法で怠けずに修行を行うと仏になれる、と仏教では言い伝えられています。
自然と人は楽な方に流れがちで、修行を怠けてしまうことを仏教では「懈怠(けたい)」と呼びます。
人間は怠けてしまいやすいからこそ、その怠惰な心に打ち勝つための精進が必要になるのです。
現代における精進の正しい使い方

精進は、現代でも同じ意味として用いられますが、使い方によってはやや不適切な場面もあるので注意が必要です。
ここでは、現代における精進の正しい使い方について解説します。
現代の精進するとは|意味と使い方について
現代の「精進する」は、辞典では以下のようになっています。
| 1. 雑念を去り、仏道修行に専心すること。 2. 一定の期間行いを慎み身を清めること。 3. 肉食を断って菜食をすること。 4. 一つのことに精神を集中して励むこと。一生懸命に努力すること。「研究に精進する」 引用:デジタル大辞泉 |
基本的には、仏教における精進の意味と変わりませんが、3の菜食をする点については現代ならではの解釈になります。
ビジネスにおける「精進して参ります」の使い方と文章例
ビジネスにおいて「精進して参ります」と使う場面があります。
この場合、あるタスクに対して集中して努力する意味であり、「参ります」は補助動詞です。
「精進する」に対して謙遜の意味を加えるので、目上や上司など、自身より上の立場の方に使うのが一般的です。
- ご期待に応えられるよう、なお一層精進して参ります。
- 本年も精進して参りますのでよろしくお願いいたします。
- 誠心誠意精進して参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。
他にも、「精進いたします」「精進していく所存です」といった使い方もできます。
「精進する+参る」の主語は自分であり、行動・姿勢を表す点を覚えておけば、どの場面で使うのかがわかりやすくなるはずです。
精進を使う際の注意点
「精進」は自分を主語にする場合がほとんどで、上司や目上の人を主語にしないほうが失礼にあたりません。
例えば、「○○部長はいつも精進されている」と使うと、自分の立場のほうが上のような言い回しになります。
逆に、上司や目上の人が部下や目下の人に対して「精進して参ります」と使うのは、謙遜しすぎてしまう表現なので、なるべく避けたいところです。
上司や目上の人が努力している場合には「ご活躍されている」、部下や目下の人に使う場合には「努力・頑張る」といった多少柔らかな表現のほうが適しています。
どのような立場・シーンで使うのかによって、精進を用いるかどうかを判断しましょう。
精進料理の由来と意味について

精進料理と聞くと、肉を使わない野菜を中心とした料理をイメージする方が多いはずです。
ここでは、仏教における精進料理について、現代との違いもあわせてご紹介します。
精進料理の本来の意味
精進料理の本来の意味は、五戒の1番目にある不殺生戒(ふせっしょうかい)に基づくものです。
不殺生戒は、人間を含む全ての生き物の命を故意に奪わないことを掲げている戒律で、鶏・豚・牛・魚などの肉料理も含まれます。
そのため、肉類や乳製品を使用しない菜食中心の料理が精進料理として知れ渡るようになりました。
肉や魚を使わず、野菜やキノコ類のみ使った精進揚げも精進料理ならではの食事と言えるでしょう。
しかし、大豆や芋などの野菜も生き物として扱われるので、本来であれば何を食べても命を奪ってしまう行為になるはずです。
だからこそ、何かの命をいただかなければ自分は生きていけないことに気付き、日々の食事に感謝をするようになります。
精進料理は、不殺生戒を守るだけでなく、生きていることに感謝をする修行の一環でもあるのです。
現代の精進料理との違い
現代の精進料理は、健康食という意味合いが強いのではないでしょうか。
現代人は野菜の摂取不足が懸念されており、その中で菜食を中心とした食事ができる点で精進料理が注目を集めました。
そのため、本来の不殺生戒に基づいて、食事に感謝をするという意味とは少し異なるイメージがあるかもしれません。
仏教における精進料理は、決して健康になるためではない点はご理解ください。
仏事における「精進」|精進落とし・精進潔斎

法事や法要では「精進落とし」や「精進潔斎」という言葉を聞く場合があるかもしれません。
ここでは、精進落としと精進潔斎が何なのかを解説します。
精進落としとは何か
精進落としとは、葬儀の後に遺族や親族、親しい知人などを招いて行われる会食のことです。
本来は、故人が亡くなってから四十九日法要が行われるまで精進料理を食べます。
四十九日法要後、通常の食事に戻していくことを「精進落とし」と呼んでいたのが由来であり、現代でも同じ意味で用いる場合があります。
また、遠方から足を運ぶ参列者も多い点から、現在では四十九日を待たずに、火葬や葬式が終わった当日に精進落としをするケースも多いです。
精進料理を食べる慣習も現代では薄れつつあるので、精進落としという言葉も今ではさほど使われません。
精進落としの食事内容とマナー
精進落としでは、葬式に参加していただいたねぎらいの意味を込めて、比較的豪華な献立になる傾向があります。
ただし、鯛や海老、いくらなどのお祝い事を連想させる食材の使用は、精進落としとしては好ましくありません。
食事内容は和食で、一人前ずつのお膳で提供される場合が多く、お弁当や寿司、懐石料理の場合が主流です。
マナーとしては、上座には僧侶や参列者、下座は親族が座りましょう。
全員が着席したら、始めの挨拶を喪主が行い、その後全員で献杯をします。
献杯時には盃をぶつけず、持ち上げるだけに留めておきましょう。
その後、1〜2時間ほど食事と会話をしつつ、最後の挨拶を喪主が行って終了です。
精進潔斎とは何か
精進潔斎とは、神事や祭事、仏事の前に心身を清めるために行うもので、お酒や肉を断ち、行いを慎むのが基本です。
中には、沐浴で身体の不浄や穢れを清めることもあります。
禊(みそぎ)や物忌み(ものいみ)と同じ意味で使われ、神聖な場所に訪れる前の準備や修行をする際の心構えとして用いる場合が多いです。
精進潔斎の食事内容とマナー
精進潔斎の食事内容は、肉や魚、乳製品といった食材は避け、野菜中心の献立が主です。
また、五葷(ごくん)と呼ばれる香りの強い野菜(にんにく・ニラ・ネギ・らっきょう・玉ねぎ)を避けているのも特徴です。
マナーとしては基本的になく、神事・祭事・仏事が終わるまでは身を清めることを意識した食事・生活を送る点を意識しましょう。
現代に活かす「精進」の考え方

現代で生き抜くために、精進を理解するのはとても大切だと考えています。
ここでは、精進の考え方を現代に活かす方法についてご紹介します。
成果ではなく姿勢や過程を重視する
現代は成果を出すことが正義という考え方が浸透し、結果を出すまでに疲弊してしまう方も少なくありません。
しかし、精進は一つひとつ着実に修行を重ねて成長していく姿勢・過程を重視し、努力している時点で素晴らしいことだと仏教では説きます。
成果が出せずに苦しい気持ちがあるときは、努力している姿勢や過程を見つめて、自分を認めてあげましょう。
小さなことを丁寧に行えるようになる
努力する姿勢や過程を重視できるようになると、小さなことでも積み重ねていくのが大事だと気づけるはずです。
小さな積み重ねでも、確実に自身の成長へと繋がるため、結果的に成果に結びつく可能性も十分にあるでしょう。
何事も、まずは小さな一歩から進み始めるもので、それは決して他人と比較するものではありません。
昨日の自分と比べて積み重ねられているのか、精進できているかどうかを考えていきましょう。
また、ほんの小さな努力でもしているなら、それだけで立派なことなので、自分を認めてあげてください。
怠けているのか変化が小さいのかが気づける
仏教において、怠惰は正しい努力の反対だと述べており、精進し続けることこそ善であるとしています。
精進を意識すると、自身が怠けているのか、努力に対する変化が小さいのかが気づけるようになるはずです。
怠惰によって、自分が全く進歩していないのは問題です。
しかし、変化が小さくても努力ができているなら成長できているので、自身を認めてあげましょう。
人によって努力の仕方や目にみえる結果は異なりますので、自分を追い込みすぎず、精進に励んでください。
精進の意味を理解して自分を見つめ直す
今回は、精進の本来の意味と現代に活かす考え方についてご紹介しました。
精進は、何かに向かって努力する意味であり、毎日の積み重ねが重要だと理解してもらえたはずです。
また、精進による結果や成果ではなく、姿勢や過程を見つめ、自分を認めてあげる意識があると、心が楽になり、現代でも生きやすくなるでしょう。
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僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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