命とははかないものです。
人は生まれて死んでいく。私は今年54歳、ここまでを振り返りあっという間だったように思います。人生を振り返り私の人生も終盤に来ています。あと何日生きられるか…愛葉代表の言う通り計算すると、自分の人生もそう長くはないと実感します。
私は会社を経営しており、尚且つボランティア活動をしており、忙しく過ごしております。でもその忙しいなか親鸞聖人の教えを学び、愛葉代表の書物を読み、残りの人生を地域社会に貢献することが人生の修行と考えるようになってきました。確かにお金をもらえないのに何でそんなことするの?と友人から言われたりします。私本人にもわかりません。何故なんでしょう?そのうち自分で、なんのために、人のためになることをしているんだろう…の答えが見つかると思います。
ただ南無阿弥陀仏を唱えることで救われる、その言葉の意味、煩悩、他力本願、まだまだ私には全て理解できているわけではありません。でも今の若者で自分の生きる目的もなく、ただ無駄に人生を過ごしている方が多く感じます。そういう若者に最近では人生とは苦しいもの、生きることが修行なんだと話しています。
南無阿弥陀仏、阿弥陀仏を信じる心で人は全てを阿弥陀様に帰依し、迷いや苦しみから逃れられることが親鸞聖人の教えなのかと思われます。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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