仏教の三毒の一つ瞋(怒り)はどんな時も良くないとされています。
しかし、私たちは日常で時々、怒りを感じますし、逆に怒っている人と話すこと、怒られることもあると思います。
しかし、その怒りは本当に怒りなのでしょうか?
実際、怒りは怒りではないのです。
本当は悲しさ、悔しさ、裏切られた、心配、不安そんな感情が隠れているんです。
例えば帰りが遅いお子供に対して親が怒るのは心配だからですし、門限まで帰ってくると思っていたことに対しての裏切りもあるでしょう。
恋愛に置いても、理解されない悲しみ、相手を失いたくないという不安から怒ったり、怒られたりすることもあると思います。
怒りはある種の、心の中のサインなのです。
それを理解し、背後に隠れている真の感情に気づくことで、他人だけではなく、自分自信にも、より深い理解と対話が生まれると思います。
日常で自分が怒りを感じた時に感情的になることは、仏教を学んでいる皆さんであれば多くないと思いますが、相手の怒りに対しては一歩引いて、その背後の感情に耳を傾けてみてください。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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