人は永遠に生き続けるわけではありません。私自身、何歳まで生き続けられるであろう。
死とは?死んだらどうなってしまうのか?
考えただけでも不安になります。
愛葉代表の著書を読み、私はあと何日生きられるのであろうか計算してみました。80歳まで生きたとして、約9500日しか生きられません。長いのか短いのか…微妙な数字です。
愛葉代表の著書を読んでから、残された時間で何ができるのか、親鸞聖人の教えをどこまで理解できるのか、私はこれから何をするべきか?考え始めました。
私は、犯罪を犯し刑務所に行くことも度々ありました。反社会的勢力と世間では言われている者でした。ですが、現在更生保護活動に力を入れ、犯罪のない街づくりに力を入れています。
こんなレポートを作っている最中に電話が来ました。昨年、刑務所から出所して弊社で働いていた者が、先月逮捕されたんです。真面目にやっているなぁと思った矢先に、恐喝未遂、覚せい剤で逮捕です。
なんで又そんな犯罪を犯してしまったのか?私が、ちゃんと監視していなかったからと悔やんでいたところへ、今度は、9月6日留置場内で自殺しました。と訃報の連絡をもらい、自分の無力さにどうしていいのかわかりません。きれいごと並べただけの手紙をその従業員に書き、本当にその人が求めていたことは何だったのか?今、悔やんでなりません。
私は、仏教の教え、親鸞聖人の教えを学び、少しでも困っている人たちのために、徳をつんで人の役に立ちたいと考えています。
死。はっきりいって、それは、私にはどんなことかわかりません。私が南無阿弥陀仏を唱えて、その者は成仏できるのでしょうか?
私は現在、得度を目指して勉強中の身。私が徳をつみ、もう少し迷っている人の力になれればと悔やみます。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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