誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

摂食嘔吐

蝶々

 15歳より35年ほど摂食嘔吐を行っていました。始まりは、中学受験でのストレスからの便秘で過剰な緩下剤使用。体形の変化を異常なまでに気にするようになり、食事を抜いたり、食べても吐くことを始めました。高校生になっても続き、体形が維持できるなら吐くことも苦にならず、食べたいものを食べ、吐いていました。その時も数年前までもそれが生活となっていて、悪だとは全く思っていませんでした。

 高校の時に親友が同じ摂食嘔吐にて不登校となり、何回か自宅を訪ねては話を聞いていました。親友は化け物みたいに食べる自分が怖い、でも食べてしまい全部出るまで吐き続けている、罪悪感しかないと泣きながら言っていました。ふっくらしていた体が病的に細くなっていきました。私も同じことをやっていると伝えると、親友は、私が摂食嘔吐になったのは自分のせいだと自分を責め続け、徐々に連絡がとれなくなっていきました。あの時、親友は悪人で私が善人でした親友のことを心配している自分を作っていたような気がしていました。親友の苦しみを見ているのに、自分は苦も無くやっていました。365日ほぼ毎日。

 社会人となり収入が入ると症状は悪化していきましたが、結婚し妊娠すると治まりました。ただ、悪阻が酷く、切迫早産の危険性もあり入院生活を余儀なくされたので、一時的に治まっただけでした。出産後すぐに離婚、シングルでの子育て等で更に症状は悪化しました。

 子供が成長し、私の吐く体力がなくなったこともあり、今度は異常な偏食となっていきました。太らないように大豆や蒟蒻ばかり。それでもお腹が張ると太るのではと焦り嘔吐、それを続けていると食べることが恐怖となり、ひたすら水だけを飲んでいました。栄養失調にて、子供が小学校4年生の時に入院。一生に一度しかない4年生の時の運動会を見れず、後悔ばかりでした。それからやめれるだろうと思っていましたが、時々再発していました。食べれますが、お腹が張るとしんどくなるので吐いていました。

 50歳を超え、更年期となりホルモンの影響なのか、いつしか治まっていました。どれだけの食材を吐き無駄にしてきたか。その食材を作るためにどれだけの苦労があり、食べられるという有難さ、52歳になりやっと気づくという愚かさ。

 当たり前のことに気づけず、こんな人間が人を看る仕事をしています。やっと自身を評価し、悪人となり他力に頼れる気持ちが備わってきたような気がします。

 身体が長年気持ちとは反対に苦しんできた分、大事にしていこうと思います。そして、何かのきっかけで苦しい人生を歩んでいる方々を救い、私自身も変化していければと思っております。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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