誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

「会いたい人には会う」がなぜ大切なのか。仲間の死から学んだ後悔しない生き方

人生でやり残したことはないか? 後悔しない生き方を仏教の教えから考える

Report by 釋知高

かつての同志との突然の別れ。10年以上「いつか会える」と先延ばしにしていた時間は、二度と取り戻せない現実となって突きつけられました。仏教が説く「諸行無常(この世のすべては移り変わるもの)」という視点から、私たちはどのようにして人生の後悔を防ぐことができるのか。一通の訃報をきっかけに、今日という日を大切に生きるための具体的な心の持ち方を考えます。

突然の訃報が問いかける「命の有限性」

先日、同期の仲間の訃報が飛び込んできました。前職で何年も机を並べて一緒に仕事をしていました。時には衝突してぶつかり合いながらも、同じ目標に向かって共に戦う同志でした。私が退職してから10年以上会っていませんでしたが、今になってみると何度も会って話をするチャンスはあったように思います。なぜかすれ違ってしまっていて、結局退職後、一度も話をせずに逝ってしまいました。あまりにも突然のことだったので、私も含めて旧知の者たちは皆、言葉を失っていました。

そんなことがあったために、当時の仲間たちと久しぶりに話をする機会ができました。「こういう時にしか会えないのって、ちょっと寂しいよね」という話が誰からともなく出ていました。

「人生 後悔」を生まない生き方とは

今回の件で、当たり前のことではありますが、命は有限であるということを改めて思い知らされます。我々くらいの歳になったら、元気なうちに会いたい人には会う、やりたいことはやる、ということを常に意識していないと、人生 後悔してしまうことがあるということも痛感しました。

仏教の教えに学ぶ「悔いなき日常」

いつ寿命が尽きるのかは、誰にも分かりません。仏教が説くように、この世のすべては諸行無常であり、私たちの命もまた常に変化し、いつかは必ず終わりを迎えます。

いざその時になって、「あれをやっておけばよかった」「こんなことに時間を費やさなければよかった」と後悔しないように、「人生でやり残したことはないか?」ということを常に自問自答しながら、一日一日を大切に生きていきたいと思います。この日常の内観こそが、悔いなき人生を送るための第一歩なのです。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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