10年ほど前に年商50億くらいの経営者とお会いしました。
事業は成功を収めていましたが、話していても目が合わない、挨拶もちゃんとできない、なんだか挙動不審な方でした。
最後に、著書をありがたく頂戴したのですが、それを読んで驚愕しました。
詳しくは忘れましたが、「挨拶が大切」 「なにごとも愛」「感謝をしよう」みたいな、王道ではありますが、生きる上ではとても大切なことが書き連ねてありました。
でも、その社長がそれをできているとはとても言い難かったのです。
そのとき、気付いたんです。
「人は、自分への課題ほど、熱く言いたい」んだなと。
昔から「感謝」を当たり前にできているひとは、当たり前すぎて、「感謝が大事だぞ!」って言わないものです。
いままでできてなかったけど、それの大切さに気付いたくらいの人が、一番声を大にして、「感謝が大切」って言うのです。
気付いた段階ですから、まだまだ習得はしていない段階。
当たり前にできるステージには達していません。修行中の身であるからこそ、より熱いメッセージとして伝えたくなるのです。
マーケティングで言うと、口コミは、そのサービスや商品を、長年愛用している人はもうあまりしてくれません。
当たり前すぎるから。
一番口コミが起こるタイミングは、そのサービスを初めて受けて、感動した瞬間なのです。
原理的にはそれと一緒です。
「愛」という素晴らしさに初めて気づいた。
ようやく気付いた。
そんな瞬間だからこそ、人は一番熱く、「愛が大切」と口コミをするのです。
そのうち、それが歯磨きのように、当たり前になると、そのことを口に出さなくなります。
もちろん例外はありますが、このことは自分を知ること、他人を知ることのヒントになります。
自分がもし声を大にして言いたいことがあれば、それはいま自分が抱えている課題です。
そして、他人が熱く語っていることがあれば、この人はその分野をいま修行中なんだな、とわかるわけです。
ぜひその視点で、周りの人を観察してみてください。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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