最近、10日間の瞑想合宿に参加する機会があり、程々の食事量と食事回数、そして瞑想しかやることのない静かな環境は、とても心地よく心が整った感覚になり、なんとなく「良い人」のようなものに成れた感覚がいたしました。
しかしながら、その当時も今もですが案外、夢の中では他人を傷つけたり不誠実な相手と淫らな行為を行ってみたりと、大した進歩というものは感じられません。
歎異抄でもあるように所詮、手前は環境に依存しながら反応に流されて生きているのだと思います。
だとすれば多少の駄目はありつつも、その程度の縁で過ごせていることに感謝いたします。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明のコラムはこちら