Report by レーン由香
オーストラリアでの生活が20年を数え、50歳という節目を目前に控えた一人の女性。彼女のメールアドレスには、20代の頃から「尼になる」という決意が刻まれていました。大切な人の死や家族関係の変化という「諸行無常」の現実に直面し、一冊の本との出会いによって、ついに海外からの得度申請へと踏み出します。
書籍『人生を変えるのに修行はいらない』に見た自己の人生観
先に『あなたはもっと報われていい』を拝読しましたが、どちらの本も共感といいますか、これまでの私の人生の節々で考え、感じていたことが文章化(言語化)されているような感じでした。
文章中の「諸行無常」「天上天下唯我独尊」「足るを知る」「後悔しない生き方、それは今の自分を幸せにする事」「お金は「体験」するために使う」は、まさに今の私の仏教の教えに基づいた生き方の基本です。
幾多の死に直面し、深く感じた「諸行無常」
私も仏教=葬式仏教としての認識が先で、実際それに触れたのは小学生の頃でした。祖父母、同級生、飲み仲間の自殺や事故死、そして顔も覚えていない父親の孤独死など、多くの死に直面してきました。
特に印象に残っているのが、御文章(ごぶんしょう)の中の「されば朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕べには白骨(はっこつ)となれる身なり」という一節です。私はこれを「人はいつ死ぬのか分からない」と解釈し、人生の諸行無常を深く意識するようになりました。
一緒におばあちゃんになると思っていた、かけかげなの存在の幼馴染の病死(享年41歳)を経験した際は、私の人生の半分も死んだと思いました。オーストラリアから弾丸帰国し、お骨を拾わせていただき、その死を受け入れました。
ニュースでも毎日のように誰かが亡くなっていますが、私は今日も生かされている。明日私も死ぬかもしれない、そう思ったら、生きるからには幸せに、できるなら毎日笑顔でいたいと強く思います。
日常の苦と人間関係:幸せを追求する生き方
仕事があり、住む家があり、健康でご飯をおいしく食べられる。これだけで十分幸せのはずですが、やはり日常には小さな「苦」が多いです。子育ての大変さや夫婦関係の問題から、外に出ればマナーの悪い運転手や飼い犬のフンを拾わない飼い主など、見たくないものばかり目について、朝から嫌な気分になる時もあります。
昨年、一番苦しかった夫婦関係に距離を置くべく、別居することになり、改めて自分の人生を振り返りました。20代で東京、その後オーストラリアでの永住と結婚、出産。気づけば今年の2月で滞在丸20年となり、来年50歳を迎えます。好き勝手に生きる私をただ見守ってくれた母には心から感謝しています。
若い頃は騙されたりもしましたが、人との縁に恵まれ、人間不信にならずに済みました。しかし、私は自分の心を守るために人間関係の輪を狭くしていました。ですが、「自分だけ正しく生きても、広い意味で周りもそうでないと、結局は幸せではないな」と思うようになりました。
50歳を前に「得度の道」へ
私が20代から使っているメールアドレスは「尼になる50歳」を意味するもので、これは漠然とした目標でした。人生の半分をどう生きたか判断するための目安だったのかもしれません。
そして、この本にあった「お坊さんになってみよう。仏教が本当の意味で自分ごとになります」という言葉が、私の今後の人生で真っ先にやるべきことだと確信しました。
去年、僧侶になれる方法を探していた時、仏陀倶楽部 愛葉代表の「誰でも僧侶になれる」というこのフレーズにもの凄い縁を感じ、時間はかかりましたが、今年に入り、無事に海外から得度申請ができました。海外にいても得度するチャンスをいただけたことに本当に感謝しています。
今日、こうして初めてのレポートを書くまでに、自分なりに仏教、特に浄土真宗の教えを学んできましたが、とても私になじむ教えで、学ぶべきこと、理解すべき言葉がたくさんあり、これからの学びにワクワクしています。
私はアウトプットが苦手で長文になりがちですが、自分なりのペースでまずは得度までの道を歩み、インプットしたことを上手くアウトプットできるように努めさせていただきます。そして一人でも多くの人が心穏やかに幸せに生活できるような手助けをしていきたいです。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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