後何年生きられるのか?何度か私も考えたことがあります。
去年とても悲しいことがあり、これからの人生は、もっと私が私らしく生きたい。(負の連鎖を断ち切る意味合いで)
尼になりたかった自分を思い出し、得度で検索すると、浄土真宗 慈徳山 得藏寺が出てきました。直ぐに申し込みをしました。
その後に、これはとてつもない縁だと感じたことがありました。(開祖が親鸞聖人だったからです。ちらっと頭の片隅にある程度の認識でした)
私ごとで恐縮ですが、八歳の頃に人生に絶望し九歳に人生が繰り返されていて、これが運命だとしたら逃げられない恐怖と諦めと、それを受け入れるしかないのだと言う現実が心を支配していました。せめて、この苦しいのは私だけであってほしい。他の人達は幸せで欲しい。と願ったものです。
そして、ふと感じたのです。残りの人生の短さに。
生きてきたのだから何か人の為に生きたい。そして私自身、人間の感情を持ちたいと、強く思い始めました。好きな物は好き、嫌いな物は嫌いでいいじゃないか。(その感情すら薄かったのですが)
人の幸せを願ってきた気持ちを、今後は言葉や行動で伝えていこうと思っています。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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