Report by 細川孝一
霊園での水やりから得た教訓:命の尊さと利他行
仕事とはいえ今年の夏はすごく暑く雨も少なく、霊園内の永代供養墓回りに並べたプランターの花に水を上げるのが大変でした。私は週に三日しか出勤しないため、毎日の水やりができないため、他の出勤者にお願いするも、自分たちの受け持ちではないと無視される状態でした。プランターに植えられていた草花も日照りの中「一生懸命」生きようとしており、生き物の命の大切さを感じさせられます。
日々の努力が報われる瞬間
そこで、今回はプランターはやめてプランタースペースに地植えの花壇を設置することにしました。「一生懸命」に周囲を耕し土留めのパネルを設置していると、そこにお参りに来てくださった方と話す機会があり、いつもきれいにしてくださり「ありがとうございます」と感謝の言葉をいただきました。
感謝の言葉がもたらす心の報酬
皆様方に「喜ばれる」ことができた私の「心」も、幸せを感じることに「報われた」喜びを覚えました。この経験は、「感謝されることは報われること」という、真理を深く実感させてくれました。
己に帰る喜び:仏教が説く利他行の力
「人に喜びを施す」(利他行)ことは「自分に帰ってくる」幸せだと思います。これが「人の常」というものでしょう。仏教の教えにおいても、他者のために尽くす行為は、最終的に自分自身の心の平安と生きる喜びに繋がります。
皆がこのように利他行の精神をもって考えることができれば、「平和な世の中」になるのではないでしょうか。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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