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108の煩悩は味方だった!苦しみを成長に変える「心の取扱説明書」

職場でのストレス、SNSでの他者との比較、将来への不安など、私たちは日常的に心の乱れに悩まされています。心が乱れる度に、「もっと穏やかにならなければ」「こんな自分はダメだ」と、怒りや不安を否定しようとしていませんか?

実は、仏教の教えでは、心の乱れ、すなわち煩悩を無理に消す必要はないと諭しています。むしろ内から湧き上がる煩悩こそが、次の段階へ導く最高の成長エネルギーなのです。

本記事では、煩悩の仕組みを日常の感情として簡単に理解し、煩悩を否定せず情報として活用する具体的な方法をご紹介しています。

自己理解を深めつつ、心の軸がブレない安定した生き方を模索している方は、ぜひ記事内容をご確認ください。

感情の仕組みとして理解する煩悩

内から沸き起こる煩悩をうまく活用するには、感情の仕組みとして煩悩を理解する必要があります。

煩悩を味方とするために、煩悩の意味と心の乱れとの関係性について確認しておきましょう。

  • 煩悩の意味と定義
  • 心の乱れと煩悩の関係性

煩悩の意味と定義

煩悩は、仏教において私たちの苦しみや迷いを生み出す、心の汚れや働き全般を指す言葉です。「煩」は煩(わずら)わせる、「悩」は悩ませるという意味を持ちます。

具体的には、欲望、怒り、執着、ねたみ、不安など、心を乱し、私たちが真実を見誤る原因となる精神的な作用のことです。煩悩の根本は、貪(とん:貪り・欲望)、瞋(しん:怒り)、癡(ち:愚痴・無知)の三毒です。

これらがすべての苦しみの元凶とされます。

煩悩は、仏教の修行によって克服すべきものとされていますが、同時に自己理解の鍵であり、成長のエネルギーとしても捉えられます。

心の乱れと煩悩の関係性

煩悩は、私たちが感じる心の乱れや苦しみの根本的な原因です。

他者の批判や予期せぬトラブルなど、外界の出来事や刺激があったとき、私たちはそれをありのままに受け取るのではなく、心の中にある煩悩というフィルターを通して見てしまいます。

このフィルター、中でも貪り・怒り・無知の三毒が「こうあってほしい」という執着(貪)や、「許せない」という怒り(瞋)を引き起こします。

その結果、心に波が立ち、不安、焦り、苛立ちといった心の乱れとして現れるのです。つまり、煩悩は心の乱れを引き起こすエンジンのようなものなのです。

煩悩の数と種類

煩悩には中心となる三毒と108にも及ぶ数の煩悩があると言われています。

ここでは、煩悩の数と種類について詳しく説明していますj。

  • 三毒と百八煩悩
  • 煩悩の理解と日常への活用

三毒と百八煩悩

煩悩には無数の種類があるとされますが、その中で最も基本的な煩悩が三毒と、百八煩悩です。

三毒とは、全ての煩悩の根源とされている、3つの悪き心のことをいいます。

三毒は単独で働くこともありますが、多くの場合、互いに絡み合い、私たちの心の苦しみを生み出しています。

三毒定義具体例
貪(とん)貪り・欲望・執着承認欲求の強さ・物質への執着・過去の成功への固執
瞋(しん)怒り・憎しみ・いら立ち交通渋滞での苛立ち・人間関係の不満・嫉妬
癡(ち)愚痴・無知・真理を見抜けない心 事故中心的な考え・他責思考・楽観的な現実逃避

百八煩悩は、私たち人間が持つ煩悩の数を象徴的に表すものです。除夜の鐘を108回突く由来として広く知られています。

実際には煩悩の具体的な分類法(六根×三受×二見×三世など)を掛け合わせた結果の数であり「人間には限りない煩悩がある」という比喩表現の一つとして用いられています。

煩悩の理解と日常への活用

煩悩は、怒りや不安といった心の乱れの原因となる感情や執着です。煩悩を単に悪いものとして排除しようとせずに、自己理解の鍵として捉えることが日常への活用に繋がります。

まずは感情が湧いた時、すぐに反応せず「今、自分は貪(執着)に囚われているな」と客観的に気づく、感情のラベリングができるようになりましょう。気づきによって感情と行動の間に間が生まれます。

煩悩が示す自分の課題を深く見つめ、煩悩の強いエネルギーを向上心や他者への共感力といった成長の力へと転換する「煩悩即菩提」ができれば、心の軸が整い、安定した生き方が可能になります。

心の安定を目指すための具体的な考え方と日々の実践

日々の心の安定を目指すには、湧き上がる煩悩をうまく処理しなければいけません。

煩悩への具体的な考え方と、日々の実践について詳しく説明します。

  • 「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」の現代的解釈
  • メタ認知によって日々の気づきを得る
  • 空間と時間を作る
  • 執着を手放す練習をする

「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」の現代的解釈

「煩悩即菩提」とは煩悩を無理に排除せず、あるがままに受け入れることで心の安定や成長など、悟りが得られるという教えです。

煩悩を自らの糧とするには、まず煩悩を自分のこだわりや満たされない欲望を教えてくれる、成長のヒントやエネルギーと捉える考え方が必要です。怒りや不安を否定せず、「今、自分はこういう課題に直面している」と認識します。

 感情が湧いた瞬間に一歩引いて気づき、そのエネルギーを向上心や他者への共感へと方向転換しましょう。煩悩を克服の原動力とすることで、環境に左右されない心の軸を築き、安定した生き方を目指します。

メタ認知によって日々の気づきを得る

心の安定を目指すには、自分の思考や感情を客観的に認識・把握する能力、いわゆるメタ認知が鍵となります。

心の乱れは、外界の刺激に対し、無意識に反応する怒りや不安などの煩悩が原因です。メタ認知は、この自動的な反応を止める「心の防波堤」の役割を果たします。

感情を自分自身と切り離して観察し「私が不安だ」ではなく「私の心に今、不安という感情がある」と捉えます。

怒りや不安などの感情が湧いた時、すぐに反応せず一呼吸置くことを習慣化しましょう。その際「今、自分は何を感じ、何を考えているか?」と問いかけ、感情に名前を付けてラベリングします。

この気づきによって、感情に流されず、理性的に行動を選択できるようになり、心の安定が保たれます。

空間と時間を作る

心の安定のためには、煩悩と行動の間に、意識的な空間と隙間を作ることがとても重要です。

怒りや不安といった煩悩は、瞬時に後悔が伴う衝動的な行動に駆り立てます。突然の衝動に流されないためには、反応を遅らせる時間を意図的に確保しなければいけません。

感情が強く湧き上がったとき、すぐに口を開いたり、メールを打ったりせず、以下の行動で間を作ります。

  • 深呼吸を3回する
  • その場を離れる

深呼吸は身体感覚に意識を戻し、興奮を鎮める効果があります。その場を離れる行為は、物理的な距離によって、感情との心理的な距離を作り出す方法です。

執着を手放す練習をする

心の乱れの大きな原因は、執着によるものです。「こうあるべき」「こうなってほしい」という期待やこだわりが裏切られたとき、私たちは苦しみを感じます。

心の安定を得るためには「全ては常に変化する」という事実を受け入れなければいけません。「手放しても大丈夫」と自分に言い聞かせる練習が必要です。執着を手放すことは、諦めることではなく、苦しみから自分を解放することです。

まずは小さなことから手放す練習を始めましょう。日々の生活の中での、執着を手放す意識を表にまとめてみました。

結果への執着を手放す努力はするが、結果はコントロールできないと理解する。過度な期待をしない
意見への固執を手放す自分の意見が絶対ではないと認識し、他者の意見も受け入れる柔軟性を持つ。 柔軟性を持つことで心が軽くなり、環境の変化に動じない安定した心に近づく

小さな心がけの積み重ねによって、少しづつ執着を捨てることができるようになります。

煩悩即菩提を応用した考え方と具体的実践

煩悩を受け入れるべき、と諭す煩悩即菩提の教えを応用した考え方と具体的実践を、3つのポイントにて詳しく説明します。

  • 煩悩を捨てずに情報に変える考え方
  • 成長のために煩悩のエネルギーを使う
  • 煩悩であらわになった課題と向き合う

煩悩を捨てずに情報に変える考え方

煩悩は否定すべき敵ではなく、自己理解を深める貴重な情報として活用するという考え方です。

怒りや嫉妬といった煩悩は、私たちが執着していることや、何を恐れているのかを教えてくれる「心のセンサー」です。センサーが反応する対象物は「未解決の課題」や「大切にしている価値観」を示すデータであると捉えます。

煩悩を感じた時は、悪い感情として終わらせず、「この怒りの背景には、どのような理想や期待があったのか?」と掘り下げて分析してみましょう。

たとえば、嫉妬を感じたら「私は認められたいという欲求が強い」と認識し、承認欲求のエネルギーを建設的な努力や自己成長へ向けることで、煩悩を成長の糧にできます。

成長のために煩悩のエネルギーを使う

煩悩即菩提の教えにならって、三毒のような強いエネルギーを持つ煩悩を、破壊的な行動ではなく、建設的な成長の力として方向転換します。

他人への嫉妬や渇望は、実は「もっと成長したい」「認められたい」という強い向上心の裏返しです。また、未達成の目標があることも示しています。この負の感情を否定せず、その裏にある「エネルギー源」に着目しましょう。

嫉妬を感じたらまずは「なぜこれほど心が動くのか?」と自問します。嫉妬のエネルギーを、目標とすべき存在に近づくための具体的な学習やスキルアップへと意識的に振り向けましょう。

煩悩をガソリンのように使い、自己変革と目標達成の原動力とすることで、苦しみが成長へと変わります。

煩悩であらわになった課題と向き合う

煩悩即菩提の実践は、湧き上がった煩悩を自己成長のための課題として活用することにあります。煩悩は、私たちが目を背けてきた弱点や満たされない心の隙間を明らかにしてくれるものです。

他者の成功に対する嫉妬は「自分はまだ努力が足りていない」「もっと評価されたい」という潜在的な課題をあらわにしています。嫉妬の苦しみを無視せず、「なぜ、これほど心がざわつくのか?」と深く自問することで、真の課題に直面できます。

煩悩によって示された課題は、具体的な目標に変換しましょう。嫉妬なら学習計画に、怒りならコミュニケーション方法の改善に、エネルギーを振り向けます。

煩悩と建設的に向き合うことは、心の弱さの克服や、安定した成長へと繋がる大切な一歩です。

自分を深く知りたい方は仏陀俱楽部をのぞいてみませんか

煩悩は何かと忌避され、排除すべきものと認識されがちですが、実はそうではありません。人間から煩悩を無くすことはほぼ不可能です。排除できない煩悩を無理に消し去ろうとせずに、積極的に受け入れるようにしましょう。この考え方を仏教では煩悩即菩提と呼んでいます。

心の底から湧き上がってくる煩悩は、今の自分の状態の確認や新たな課題を見出すためにとても有効です。

煩悩が湧き上がってくる理由や、そもそも自分が何者なのか、深く知りたい方は仏陀俱楽部をのぞいてみませんか。仏陀俱楽部では、「人生を変えるのに修行はいらない」をモットーとして、仏教の知性でより豊かな人生を送るヒントをお届けしています。

日々生きづらさを感じている方は、ぜひ一度仏陀俱楽部をチェックしてみてください。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

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