誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

「生への執着」を手放す:バリ島の死生観に学ぶ、苦しみの原因と理想の終活

仏教が説く「執着」と苦しみのメカニズム

仏教では、「執着」が苦しみの根本的な原因と言われています。この「生への執着」が、私たちが日々感じる不安や苦悩を生み出しているのではないでしょうか。

先日、家族でバリ島に旅行に行ってきました。

サンセットは、いつも同じ「海の家」で堪能していましたが、今回の旅の直前にその海の家のオーナーが亡くなったことをSNSで知りました。めっちゃショックでした!

コロナで長らく行けてなかったのに、あれがまさか最後になってしまうとは。享年52歳。果たして長いのか短いのか。

Googleで調べてみると、インドネシア全体の平均寿命は、男性60.67歳。そう考えると52歳は短すぎるわけでもなさそうです。

バリ島の自然な死生観:「輪廻転生」が手放す執着

成功してこちらに移住している日本人の方とお話ししていたのですが、バリでは終末期は病院に入らずに、みんな家で最期を迎えるそうです。(そもそも病院もそんなにない)

そして、ほとんどは、火葬のあとに海に散骨です。自然に帰るのです。

人類はずっとこれで良かったはずです。色々な人のエゴが入り込み、いつの間にか、病院で最期を迎えるという「異常」が、「普通」になってしまっています。「自宅で死にたい」という願いさえも叶えられない国って何なの?って思います。

バリ人は「輪廻転生」を信じています。死んだらまた生まれ変わってくる。だから、生への執着もさほどないのだと思います。

自然に生きて、自然に死んでいく理想の姿

彼らは自然に生きて、自然に死んでいく。これは生物としての私が思う、理想の姿です。

私たちが「生への執着」を手放すことが難しいのは、死を絶対的な終わりだと捉えすぎているからかもしれません。

「キレイに死にたい」。これが私の願いです。生に強く執着する姿は、とても醜く映ります。

人生に大切なのは長さよりも、その輝きです。どう自分らしく楽しんで生きたかだと思います。仏教の教えに基づき、日々の内観を通じて、この「執着」から離れることこそが、苦しみを減らし、より豊かで理想的な終活へと繋がる道だと感じています。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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