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他力を日常に取り入れる――母との関わりの中で見えてきたこと

他力を日常に取り入れる――母との関わりの中で見えてきたこと

書いた人:釋 隆雲

老いや不安、家族の関係の中で、人は何に支えられて生きているのか。お母さまとの長い関わりを通して見えてきた、依存と苦しみ、そして「他力」という感覚への思いが、切実な実感とともにつづられています。教義を語るというより、日常の痛みの中で何を頼りにできるのかを静かに問いかける一篇です。

母の不安と、私の戸惑い

関係性の中にしか、人は個人として存在できない。それは依存や支配という形になる時もあると、最近強く感じることがありました。

私の母は85歳になります。母の父、夫は比較的社会的に強い立場にあり、母は父への依存から、また強い立場の夫、つまり私の父と縁がありました。それは当時の「嫁ぐ」というイメージが残る中で、また強い依存先を探すのは致し方ないことだと、私は理解しています。

自分は子どもの頃から社会人になるまでは、母が父と夫を頼りに主婦をしているのはわかっていましたが、比較的強面の私の父が、家事以外は行っていました。母より父の方が字が上手とのことで、母の年賀状まで書いてあげていました。また、私の遊び相手はいつも父でした。銀行の入金や事務的な些細なことも、父が行っていました。

しかし、その頼れる父は69歳で亡くなってしまいました。私は結婚して、母の住む場所からそれほど遠くない場所に住んでいましたが、最初にびっくりしたのは、父が管理していたためか、事務手続きがわからないこと、銀行でカードで入出金ができないことなど、普通の生活で必要な日常的なことができない、または経験がないことに初めて気がついたことでした。

そこで次に頼るのは私の番になりますが、私から見た祖父、父のような甲斐性もありませんし、息子では頼りないとは思いますが、依存先としては不十分で、心配も積もり鬱になりました。母の兄、妹、友人も母を支えてくれましたが、足りなかったようです。お金も平均以上あり、健康でしたが、心配にいつも苛まれていました。

母の不安と、向けられる言葉

しかしそれから20年以上経ち、今は依存先の兄弟、友人も高齢になり、私が一番の存在になりました。私の妻も母を心配して頑張ってくれていますが、10年間、基本的に母は自分のことが好きでないようだと思い込み、妻は出禁です。

実母ながら、明日は我が身かもしれませんが、依存先の私が他者に力を貸すのは気に入りません。自分だけを見ていてほしいのです。また、「あなただけは元気でいなさい、お願いよ」が口癖になりました。

しかし、その後に出る言葉が私は少し悲しいのですが、「あなたが倒れたら誰が私をみるの、私が死んだらあなたも死んで良いから、それまでは頑張って」。

あまりにいつも会うと繰り返される言葉に寂しさを感じますが、今もまあまあ体調も良く、経済的心配もそれほどなく、ではありますが、そんなことはまったく関係がないかのように不安しかないのは、贅沢かもしれません。しかし、その不安がなければないで次の段階の不安に移る、まさに自我の四苦八苦に対する嘆きを感じてしまいます。

「生老病死」。基本的な部分ですが、ここからたくさんの苦が派生されるのが、母にも自分にも見えてきます。

他力という感覚を、どう伝えるか

僧侶や神官という親戚も多い中、何か仏教が力になれば、抜苦与楽につながればと20年以上考えてきましたが、自力しか認めない母、地位と経済力という世間体中心の価値観が、彼女を苦しめているように感じてしまいます。

一呼吸、いえいえ一回の鼓動すら、自律神経と医学的にいわれる魔訶不思議によってもたらされていること。一度も自力で心臓を動かしたことがないこと。生き続けるには、世間体の前にまずは水と栄養と酸素がなければ、つまり他の生命を頂かなければ生存できないこと。そして何よりも、母が母として在らしめている縁起の力、如来加持力、本願力。

辛い時には見えなくなってしまう基本的な活動に、少しでも委ねられればかなり楽になると思い、仏教っぽく教義に寄らないように伝えてきましたが、なかなか難しいです。

学生の頃に親しくさせて頂いていた高野山真言宗の行者さんに、「あんた、一番救い難いのは誰かわかるか?」と問われたことがあります。当時はわかりませんので、「誰ですか?」と聞きますと、「人生全てが自分の手柄の結果だと思うとる人や!」「瞬き一つ自分だけでは出来ひんのに、やれとると思うちょるんや。滑稽やで〜!」

「もう一つ、救うのが難しい人々がおる」

どなたですか? とまた聞きますと、「父母兄弟や! あんたはいつまで経っても息子であり兄弟なんや。だからその様な目でしかみられん」「それだけではない。そして、あんたもその様に身内を見るもんだから、自分が何とかしようとするやろ? 責任が重いやろ。タチ悪いんや」

大師講をやられていた先達の行者さんの言葉が、身に染みます。

今に立つということ

私が今、在るのは、まさに縁起から起きた因果の最新状態です。無常ゆえに、その状態は止まることなく変化しています。そこにはいろいろな事象が起きますが、そこに留まる個人という塊はいません。

全て過去というデータ、そしてそのデータから生まれる未来という予測の感覚。その過去と未来という嵐に酔ってしまい、何とかしようとする葛藤が増えます。結果、「今」がない、リアリティがない世界に居続ける感覚になります。

思考だけの世界です。この思考の葛藤に居続けるのが、ある意味「地獄」にも感じます。まさに自力、自我のみの世界かもしれません。

本当の「今」は、般若心経で有名な「空」ですが、空という世界が別にあるのではなく、まさに今起きているリアリティが即空でありますから、概念の世界の「色」も即になります。しかし、これは教義っぽくなってしまいましたが、「他力」を少しでも日常に取り込めるようになれば、かなりの抜苦与楽になるという思いが湧いてきます。

苦海の荒波ではありますが、荒波を渡す船もすでに同時に在るという安心感を、母にも少し気づきがあればと思いました。

私事で失礼致しました。
南無阿弥陀仏 合掌

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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