歯の治療と長年の苦しみ:外見への執着と内面の崩壊
幼い頃、歯並びが悪く矯正治療をしていました。笑うと針金が見えるものだったので、人前で笑うのが嫌でした。中学校で治療が終わり、無事に針金も取れ、人前でも笑うことができるようになった時の喜びは忘れられません。外見の悩みが解消され、とても嬉しかった記憶があります。
しかし、高校に入り、そこから摂食嘔吐をするようになり、30数年間にわたりやめることができませんでした。その間、妊娠中の重症悪阻などで必要な栄養も摂れず、嘔吐ばかりしていました。この長年の行いが、歯の内面を蝕んでいきました。
摂食嘔吐と歯の衰弱がもたらしたもの
みるみる歯が弱くなり、治療の日々が続きました。一時はやっと歯の治療が終わったと思っていたのですが、30年間の夜勤勤務による食いしばりからか、今度は歯の根が侵されてしまうという診断を受けました。このままだと抜歯し、義歯(入れ歯)となる可能性があるとのことでした。
歯根治療は自費治療なのでかなりの高額です。また、まだ部分的な義歯になるには早く、インプラントを選んでも寿命が早まり、結局60歳頃には義歯となる可能性があるため、高額ですが歯根治療を受けようと思っています。
「歯が命」のCMが教えてくれた人生の軸
「歯が命」、と昔CMで言っていたのを今になって目の当たりにしています。外側の見た目をどんなに整えようと、内面である歯の根がボロボロでは何の役にも立ちません。これは、そのまま私たちの人生にも当てはまるのではないでしょうか。
人生の軸を保つための「内面を磨く」実践
歯もそうですが、人間も中身をしっかりケアし、磨くことで、人生の軸を保っていくことができるのだと学びました。
長年にわたる摂食嘔吐や、夜勤という環境で無意識に食いしばっていたことは、外見や社会的な役割にばかり気を取られ、心の根っこにあるストレスや苦しみを無視し続けてきた証拠かもしれません。心の健康を無視した結果、身体、特に歯という「命」に関わる部分が悲鳴を上げたのです。
仏教の教えに立ち返り、自分の心の状態を深く内観すること、これが最も重要な「内面を磨く」行為です。高額な歯根治療を通じて、物理的な修復と同時に、これまでおざなりにしてきた精神的な土台を徹底的に見直す機会を与えられたと捉えています。この経験を無駄にせず、心のケアを継続し、人生の軸をしっかりと保てるよう、治療を頑張ります。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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