誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

自分の人生を「他人に委ねる」

人間、自分のことが一番、よく見えません。

他人同士は、同じ視点から客観視できるので、的確に得意不得意なども見抜くことができます。

でも、自分と他人は同一の視点で見比べれないし、いろいろなバイアスが入ってしまって、仕組み上、自分のことは一番よくわからないものです。

ということは、なんですが、うまくいってない人は特に、
自分の人生なんて、他人に預けた方が良くないですか?という話です。

もちろん、自分のステージや、誰に預けるかという話もあるのですが、周りに素晴らしい人がそろっているのなら、その方たちに自分の人生や使い方を投げ渡した方がうまくいきます。

昔、福山雅治とマツコデラックスの対談で、人生がうまくいった秘訣を話していました。二人とも、回答は一緒でした。

「求められていることをやっただけ」ということ。
つまり、まわりが活かし方を考えてくれて、それに乗っただけなんです。

最近、キングコングの西野さんも似たようなことを言っていました。

「若いときにテレビに出たときは、我が強くて「こうした方が良い」って意見を出したりして、結局、あまりウケなかった。最近は、プロデューサーやTV局側の意図通りの役割を演じるようになって、毎回、ウケるようになった。」と。

これも同じことですね。
自分の活かし方は、他人の方が良くわかっているのだから、お任せしてしまえば良いのです。

もっと言えば、自分の人生は、大きな流れに身を任せたら、あの世で描いたシナリオ通りにスムーズに進むのです。

「神様に自分の使い方を任せる」の世界です。
変に我を出し過ぎてしまうと、うまくいきません。そっちでうまくいってしまうと、元のシナリオに戻ってこないかも知れませんので。

結局、人とのご縁も、神様が運んで来てくれているので、そういう意味では、「神様に委ねる」=「他人に委ねる」とも言えます。

知り合いにふと、
「こうした方が良いと思う」
「〇〇をやって欲しい」
なんて言われたとしたら、その人は神様の使いとして、その言葉を言わされていると考えてみてください。

ちょっと勇気が必要でも、そんな他人の言葉に「えいや」で乗ってみるところに、人生がうまくいく秘訣があるものです。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

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