「忘れる」
これは、人が持つ能力の中で突出レベルで素晴らしい能力だと思います。
忘れることが出来なければ、女性は何人も出産できないと言いますし、過去の苦しさをいつまでも抱えたままで、先にまったく進めないといったことも出てきてしまうことでしょう。
ただこれは、自分にとって苦や哀しみと感じたことに特化したものであっては良くないことですね。
仏教の教えの中にある三輪空、これは「私が」、「誰に」、「何をしたか」を“忘れなさい”という教えですが、この実践は非常に難しいものです。
人間の中にある社会的欲求や承認欲求などによって自分の功績や行い、かけた恩などを認めて欲しい、感謝して欲しいといった見返りを求める心、利己の心をどうしても持ちやすいからです。
人から受けた恩は忘れてはいけないけれど、自分が人にした親切は忘れなさい
言うは易く行うは難しを強く感じます。
過去の苦しい経験、人にされた意地悪や非人道的なことなどは特に、なかなか忘れることなく執着し、後生大事に抱えていることが多いですが、人から受けた恩や親切は本当に忘れやすいものです。
加えて、人にしてあげた親切や協力、見返りを期待して行った行為などはいつまでも忘れることなく、心のどこかに残っている上に、期待通りの見返りが来なかった時などは拒否、恨み、嫌いになるなどの勝手な行為に出がちです。
人間の中にある様々な欲求があればこそですが、人間ほど自分勝手な生き物はいないと感じる所以の一つです。
でも私は、そんな未熟で大したことない人間という生き物が大好きです。
自分自身のことも含め、気付きの連続の日々の中で、修正や鍛錬を続けていけることが生きているということですし、そこに喜びや感動も付随してくるからこそ、生き続けることが出来るのだと思います。
人から受けた恩は忘れず、人にした親切は忘れる、これは私が日頃から常に、肝に銘じていることの一つです。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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