誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

最初の学び

1.「人生を変えるのに修業はいらない」を読んで、こころに残ったところとその理由

 いくつかあるのですが、どうしても今書きたいと感じたのは「怒り」についてです。
お釈迦様はどのような時にも「怒り」の感情は良くないと仰っています。しかし、私はここ数年「怒り」の感情とともに特に仕事してきたと改めて思いました。
 
 これに関しては、責任ある立場・内容を任されてルールに則りすすめていきたい気持ちが勝り、同僚等に厳しくなってしまったと思います。

その根底にあったのは、「自分の理想」でした。

 お釈迦様は「苦」とは思い通りにならないこと、と仰っています。その時の私は「怒り」と「苦」でいっぱいの中、仕事をしていたと思います。そのため、上司・同僚とうまくいかず、理不尽とも言いたくなるような転勤を2年前に命じられてしまいました。

 しかし、私はこの経験でも学べませんでした。2年前の経験から「怒り」をやり過ごすために自分の感情の動きを観察するようにはなりました。
 本に書いてある「怒りのピークは6秒」「2秒の間」をとることがただ一度、できませんでした。 

その一度の出来事によって人間関係を築けない人と上司から評価されて、いくつかの仕事を外されてしまいました。同僚は「(その状況は)怒って当然だよ」「パワハラ受けてるよ」と言っていましたが、やはり失敗でした。

仕事を外されるのは、理不尽なことだと思ってしまいますが、これが「因果」の現れなのでしょうか。2年前と同じことが繰り返されています。
ここまでの状況にならないと私は「怒り」の感情について学ぶことができないのか、と今は情けなく後悔の気持ちです。
 
 この経験の真っ最中の今、私は「ここからどうしていくか」を考えていかなければと思っています。後悔と反省の気持ちを行ったり来たりしているこころを内観していく必要があります。
 内省や、内観するのはつらいです。つらいということは、まだ客観的に自分のこころ(感情や精神状態)をみることができていないのだと思います。

2.今この時に得度へ一歩踏み出したきっかけはなぜか

 私は、子どもの頃から何となく「自分は不幸だ」「平等に扱われていない」ように思っていました。それは家庭環境からくる違和感なのかもしれません。
 ただ、そのような中で日常的にお仏壇にお参りする、神棚を整える、神仏の行事を行うという環境は、お釈迦様を拠り所としたいと思う土台になったと思います。

 さらにこころの拠り所は、子ども時代は星占い、20代から40代の頃はヒーリングなど、何かを頼ったり判断基準や行動の基準をそこに置いたりして過ごしていました。
 そのような中で、瞑想やマインドフルネス、原始仏教を知ることとなりました。

 私には、やはりお釈迦様の言葉はしっくりくるというのがあり、さらにここ数年の苦しいつらい体験からお釈迦様のもとに身を寄せたい気持ちが強くなり、得度への一歩を踏み出しました。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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