親鸞聖人の教えの中に「一人も、こぼさない」、誰もが救われるという教えがあると思います。
私が関わってきた障害のある子どもたちの運動療育でも、同じ考え方でその手法を変化させています。そもそも、あそびや、運動、スポーツは本来「みんなのもの」です。できる人だけのものではありません。全ての人が、その面白みを実感できる自由度がなければならないし、全ての人に保証された権利でもあります。
これは、教育でも、文化でも、社会でも同じで、「一人も、こぼさない」を前提に成り立たないといけないはずです。
親鸞聖人の教えを学ぶと、この自由度が高く、全ての人に権利が保証されているという価値観が、自分の中に入ってきます。
たまたま、私の宗派が浄土真宗、その創始者が親鸞聖人、この得度の機会を得るまで、親鸞聖人がどういう教えを伝えてられていたのか、恥ずかしながら全く知りませんでした。
しかし、学びを深めると、その自由度や、型破りな教え、それであって一人も切り捨てないという本願なところが、自分のやってきたことと類似していることに少し驚かされています。
さらに、学びを深めたいです。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明のコラムはこちら