書いた人:レーン由香
車の故障や家の設備トラブルが重なり、気持ちが沈んでいた時、何気ない接客の笑顔にふっと救われた――そんな体験から、「無財の七施」が身近な実践として立ち上がってきます。特別なことができる時だけでなく、日々のふるまいそのものが誰かへの布施になりうることを、実感をもってつづるレポートです。
不調が続いた1カ月
この1カ月で3回も車が故障し、家ではバスルームの洗面台の蛇口が壊れました。水が止められない状態になり、元栓も周囲にないので、修理に来る日までの数日間、結構な量の水が流れ続けていました。家賃に水道代は含まれていますが、もったいないというか、出っ放しの状態を毎日見るのは気分がいいものではありません。
車のない生活で、いつも通りにならないことにストレスを感じ、家に帰れば見たくないものを毎日見るストレスもありました。気分が落ち込み、仏教の勉強にも身が入りませんでした。
笑顔に救われた朝
そんなことが続いたある朝、バス通勤で早く職場に着いてしまったので、カフェで時間をつぶそうとコーヒーを頼みました。その時のスタッフの笑顔に癒やされたというか、向こうは私の状況を知らないので、いつも通りの接客だったと思います。
私は基本的にハッピーなので、笑顔で対応されることにそこまで強く反応することはなかったのですが、この日のスタッフの笑顔で自分も笑顔になれたことに気づいて、布施行の「無財の七施」を思い出しました。
営業スマイルだったとしても、気が滅入っていた私は、その笑顔に少し救われたんです。
毎日の経験も学びになる
相手が望むか望まないかに関係なく、自分が心穏やかに接することで、知らない誰かの気分も少し良くなるかもしれない――そんなことに、改めて「気づき」ました。
良くないことが続いた1カ月でしたが、たくさんの小さな「気づき」があり、この1カ月も日々「学び」だったのかもしれません。今現在、車も蛇口も直り、いつも通りの生活ができるようになりました。
机に向かって仏教を学ぶことも、知識としては「学び」でしょうが、毎日の経験もまた「学び」になっていると気づかされました。「無財の七施」。自分ができることで、少しでも誰かの何かの助けになればと思いました。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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