昨日、自宅の近所にあるモスクにおじゃまする機会に恵まれた。
イスラム教に関する講演を聴講して、カレーを食べながらイスラム教徒の外国人の方々と交流をして有意義な時間となった。
交流会で話をしたバングラデシュの方が、「タリバンやISIL(イスラム国)はイスラム教本来の教えからかけ離れている。平和のためになっていないものはイスラム教ではない。だから、イスラム教のイメージをタリバンやISILで見ないで欲しい。」とおっしゃられたのが心に刺さった。
イスラム教が目指すところも”慈悲”や”平和”であり、それは仏教と同じなんだなと。慈悲や平和といった目指すゴールは同じだがルートが違う。そのルートとは仏教やイスラム教であったり。宗教とはそういうものなのではと考えさせられた。
カタールのドーハ空港でのトランジットの際、お祈りの部屋があってコーランが流れてきたことに驚いて以来、一度モスクに入ってみたいと思っていた。それが実現し、更に一日5回のお祈りのうちの1回を拝見することが出来て貴重な経験となった。
そして何より、私にとって慈悲や平和というゴールへの最適なルートは親鸞やお釈迦様であると確認することが出来たのである。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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