誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

無配信無観客ライブ

ラジオ、というのが大好きで、僕はデスクワーク中、ウォーキング中、サイクリング中はほぼ日本語、英語問わずラジオを聞いている。その中で有吉弘行のサンデーナイトドリーマーというカルト的人気のラジオ番組があるのだが、そのリスナーに局地的に受けているYoutubeのチャンネル「西堀ウォーカー」という番組がある。番組MCの有吉さんの後輩、西堀さんがラジオでちょくちょく話に出てくるうだつの上がらない芸人や、ネタになっている芸人と一緒に散歩したり生活に密着している様子をただただ見る、というものだ。

芸人では食べていけないのでいわゆる土方仕事をしているのに、日給のすべてを一日で使い切ってしまう芸人、なんとか食べてはいるが一日一回の演芸場出演だけでは暇を持て余すのでやたらと歩いている芸人、借金しながら人におごったり趣味にすべてを使ってしまう芸人、などなど濃ゆいメンツのオンパレードで、明るいノンフィクションを見ているような気分になる。不思議とみんな前向きで、よく考えてみたら40歳を超えて食えなくてバイトして日給使い切るっていうのは正気の沙汰ではないのだけれど、それでも生きる活力がある人はなぜか不憫に見えない。

その中でも衝撃だったのがピン芸人・ねろめ。都内の風呂なしトイレ共同の激安物件に住む沖縄出身の30代。沖縄人らしく家賃さえ払えるだけバイトをしたら、あとはあまり何もしたくないという人で、それでもすごく楽しそうに生きている。最新回は「ねろめの無配信・無観客ライブに密着」というもので、その名の通りお笑いライブを配信もせず観客も入れず一人で行っている。しかもすでに7回目。

公民館の午前中が安く借りられるという理由だけで午前中だけ部屋を借り、ライブを約2時間行う。もちろん誰も見ていないので内容は分からないし、笑い声もないが本人は楽しそうだ。その後打ち上げと称して家に帰り、実家から送られてきた沖縄料理のパックをノンアルコールビールと頂く(酒癖が悪すぎてノンアル生活になったらしい)。そして先ほど録画しておいたライブ映像を見ながら嬉しそうに笑っている。密着している西堀さんに「それ自分で見て面白いの?」と聞かれ「面白いですね。なんか、感性があうんでしょうね」と笑って答える。「いや、感性があうあわないじゃなくてお前自身だろ」と突っ込まれるが、ツッコミの意味があまりよく分かっていない。

コメントでは「究極の自給自足」と書かれていたが、本当にそうだ。自分で面白いと思うことをやり、自分で笑う。ねろめさんいわく、客前だと笑わない人がいるのでそれがむかつくからやりたくないのだそうだ。
彼の姿勢や生き方を賛辞するわけでも、憧れるわけでもないが、何かはっとさせられることがあるのは思い過ごしだろうか。自分の楽しいことや幸せな感情の在り方を知っていて、それ以上は特に求めない生き方。書店によくおいてある「仏教的整えを知ってビジネスで勝つ」みたいな煩悩を掛け合わせたような本を読んで仏教知識だけ無駄に増やしているだけの人間の前で、別にそれ以上いらないしっていう態度を本当にとられてしまった時の強さと言ったらない。

子どもの頃、吉本隆明が「まだこうやって書きたい事、皆さんの前で喋りたいことがあるってことは、僕もまだまだ本物ではないんです」というようなことを言っていて、まったく意味が分からなかったけれど、今ならその言葉の意味がほんの少し分かるような気がする。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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