書いた人:釋 孝運
お布施というと金銭を思い浮かべることがありますが、仏教には財がなくてもできる施しとして「無財の七施」という教えがあります。本レポートでは、その七つの施しを確認しながら、日々人と接する中でどれほど実践できているかを振り返ります。僧侶として、人の相談に応じ、役に立つ存在でありたいという思いが語られています。
財がなくてもできる施し
金銭によるお布施だけでなく、財がなくてもできる施しとして「無財の施し」があります。宗派によって表現は異なるかもしれませんが、その一つに「無財の七施」と呼ばれる教えがあります。
- 身施 奉仕の活動
- 心施 他の人々や生物への思いやりの心
- 眼施 優しいまなざし
- 和顔施 柔和な笑顔を絶やさない
- 言施 思いやりのこもった温かい言葉を掛ける
- 牀座施 自分の席を譲る
- 房舎施 場所を提供してあげる
無財の七施とは、財がなくてもできる七種の施しのことです。
日々の自分を振り返る
この内容をもとに、自分の普段を振り返って見てみると、人々に対してどれほど実行しているのかを思い直します。
仕事柄、人に接する機会が多いこともありますが、まだまだできていない部分があるような気がします。感謝されることも多いですが、今後も精進し、役立つ僧侶として、また人々の役に立つ相談役として活動していきたいと思っています。
財の施し以外にも、このような施しを親身になって行い、対処できる人格を備えられるよう努めることが、人間として、僧侶としての生き方かと思います。
これからも、僧侶としての人格に恥じないように精進してまいります。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
コラム一覧 → こちら