Report by 釋 隆雲
重度障害者介護という仕事柄、様々なお宅にお邪魔させていただきます。
それぞれのお宅の事情、経済状況、家族構成と力関係、またご家族のカラーと言いますか家風もあります。それらをなるべくアンテナの感度を上げて最適な対応ができるように配慮しますし、自分が入ってから確認したりもしております。しかしそれでもどの介護士にとっても難しく、仕方なく撤退した介護先も恥ずかしながらあります。行政からの依頼で「もうどの業者も入ってくれないんです!」という連絡が来た介護先は、やはり契約するのが怖いと感じてしまいます。
それでも過去には何とか5年間続けた結果、お互いが信頼して仲良くなれた事もありますので、とりあえず挑戦しますが無理なときもあります。慢性的に人材不足の現場ですから、介護士やヘルパーが辞めてしまったり、撤退時に責任を感じた責任者が辞職されては困りますので、押し際と引き際が難しいです。
難しい介護現場に見る、攻撃的な振る舞いの共通点
しかし、どうしても我々看護介護の者をいじめの対象や邪険にする利用者、ご家族の方々がいるのはなぜか。我々の反省も含めて良く観察してみますと、いくつかの共通点があるように感じます。家庭内が問題だらけで破綻している場合を除くと、このような事が見えてきます。
一番はプライドの高い方です。プライドが高い事が逆に作用して優しくなる方もいますが、それもプライドからくるものであればその優しさが見ていて辛いです。
プライドの高さが引き起こす「無明」の連鎖
障害を持って不自由を感じているのに、あまりにまわりに配慮しつづけ、自分のせいで迷惑をかけていると考え続けるのは辛さを倍増させます。やがてその辛さが蓄積し爆弾となり爆発が起きますと、まわりを攻撃するようになります。家族ではまずいので、我々介護の専門職に向けられます。
これも数年で落ち着くことがほとんどですが、どうしても他人を攻撃して憂さを晴らす人もおります。そういう方は裏では自己嫌悪もありますので、ますます辛くなる負の連鎖になります。まさに身も心も地獄です。
苦しみの根源としての三毒(貪・瞋・痴)
これらの様子を体験しながら、さらに共通点が見えてきます。まさに仏教でいう三毒、貪瞋痴(とんじんち)であります。
- 「思い通りにならない」(貪り、執着)
- 「自他への怒り」(瞋り)
- 「自分は自分の力だけで生きている」(痴、無明)
この迷いと間違いが、介護の現場において地獄を作りだしていると見えてきます。これはまさに「無明の辛さ」です。
この生き方には人間にとって無敵な要素である「感謝」そして「生かされている」という視点が抜け落ちています。
毎日の食材、自律神経で自動的に保たれる身体、全てに対する感謝の気持ち。これらが消え去った時に人は六道の地獄へ行ってしまうのでしょう。
そしてそれは、まさに自分への戒めだと懺悔し、感謝に繫ると有り難く仏法のご縁からの感謝が、有限相対の自我へ無限絶対の他力により現れます。あり難し、あり難し、南無阿弥陀仏。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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