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「どうでもいい」は逃げじゃない。完璧という呪いを脱ぐ、仏教的マインドセットとは?

清め

「ちゃんとしなきゃ」「期待に応えなきゃ」「完璧でいなきゃ」
 そんな言葉に、いつのまにか心が縛られていないだろうか。
 白髪一本にも、他人の顔色にも、将来への不安にも、知らず知らずのうちに“執着”して、がんじがらめになっている。

 でも、そこから抜け出すヒントは、実はとてもシンプルだ。
 それは、「どうでもいい」と思うこと。
 今回は、それが逃げではなく「自分を取り戻す力」になることを、仏教的視点で書いてみたい。

完璧という呪いを改善するには?

 完璧であろうとする心。

 それは一見、高い意識や責任感のように思える。
 でも実際には、他人の期待と自分への執着が作った檻に過ぎないこともある。

 「お金、体調、人間関係、将来」
 「うまくやらなきゃ」と思うほど、余計に力が入って空回りし、うまくいかない。

 仏教では「執着こそ苦しみの原因」と説く。
 つまり、「こうあるべき」「こうしなきゃ」が増えれば増えるほど、苦しみも比例して増えていく。

「どうでもいい」は、開き直りじゃない

 「どうでもいい」と思うことは、放棄ではなく、解放である。
 これは無関心や投げやりとは違う。むしろ、本来の自分を取り戻すための第一歩だ。

 「まあいいか」
 この一言を、自分の心にぶち込む勇気。

 それは、ガチガチに凝り固まった完璧主義に一撃を入れる、柔らかくも力強い武器だ。
 それでいて、成長を止めるわけじゃない。
 成長とは、囚われを手放した先に本当に始まるものだから。

執着の努力と、余裕の努力

 執着しているときの努力は、どこか焦っていて、結果が出ないと自己否定に変わる。
 余裕のない人間ほど、成果にしがみつき、他人の評価を渇望し、自分を追い込んでいく。

 でも逆に、余裕がある人の仕事は軽やかだ。
 執着のない人ほど、結果を出す。
 それは、自分という軸を持っているからだ。
 コンニャクみたいにフニャフニャとブレない。

「責任感」と「他人の人生」を切り離す

 責任、期待、完璧、気配り、空気…
 いったん全部、「どうでもいい」と思ってみる。

 そうすると、自分が本来背負わなくてよかった“他人の人生”がゴッソリ落ちていく。

 人間関係の苦しみの大半は、実は他人の脳内と戦っているだけだったりする。
 「嫌われたかも」「がっかりされたかも」
 そうやって、相手の感情に自分の人生のハンドルを預けてしまうのだ。

「普通」や「こうあるべき」は地獄の入り口

 「普通はさ〜」「社会人なんだから〜」
 そんな言葉を、何度聞いたことだろう。

 でも仏教では、迷いの正体は“心の自作自演”だと説く。
 つまり、苦しみは「自分が勝手に作っている」場合が多いのだ。

 普通や常識を守っているつもりで、自分を少しずつ潰していってしまう。
 そして、努力すればするほど、それが汚れたときのダメージは何倍にもなって返ってくる。

「どうでもいい」は、自分を守る免許

 「誰かに認められたい」という気持ちは自然なもの。
 でもそれを“人生のメインドリンク”にしてはいけない。
 依存という名の甘い毒になってしまうから。

 他人の感情は、他人の持ち物。
 丁寧に扱っても、落とされる時は落とされる。
 だったら、自分でハンドルを持って生きていくしかない。

 「どうでもいい」は、人生を投げる言葉じゃない。
 それは、**自分を守るための“免許証”**だ。
 自分の心の安全運転のために、堂々と持っていていい。

結び

 仏教でいう「執着を手放す」とは、人生の中で本当に大切なものを見つける作業でもある。

 白髪がどうとか、誰にどう思われるかとか、未来がどうとか、
 本当は「どうでもいい」ことに、私たちはエネルギーを使いすぎている。

 まずは、背負いすぎた荷物を一度おろしてみよう。
 そして、静かに自分の心の声を聞いてみる。

 きっとそこに、本来の力を発揮できる“余白”が見つかるはずだ。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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