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海外子育ての葛藤と仏教。息子の言葉で気づいた「育児は育自」の本質

海外での思春期の子育て:仏教の知恵「育児は育自」で親子関係を深める

Report by レーン由香

オーストラリアでの思春期の子育てを通じ、親子関係の難しさに直面……自らの都合を押し付ける指導から、「育児は育自」という仏教的視点による自己変革へと至る過程を整理します。言葉の壁や異文化の環境を背景に、縁起や恩といった概念をいかに日々の対話に落とし込み、相互尊重の土台を築くべきでしょうか。

異文化で迎える思春期:海外子育ての現実

オーストラリア在住で、オーストラリア人の夫との間に12歳になる息子がいます。昨年から夫と別居生活を始め、仕事の都合上、私が週6で息子の面倒を見ています。

今年からハイスクール(日本では中学1年生)に上がり、息子は中高一貫のマンモス校に通っています。いい出会い(縁)に恵まれてほしいのはやまやまですが、これから思春期を迎えるにあたり、心配事が絶えないだろうと感じています。

私自身は心穏やかに自分と向き合えるようになってきましたが、対息子となると、私の感情が常に乱されます。息子との会話は私が英語交じりの日本語、息子は完全な英語という、側から見たら奇妙な会話です。気づいたらそうなっていましたが、大事な話は日本語だと息子には難しく、逆に私は的を射た英語の表現を知らないため、肝心な話をするのを避けていました。

自分の都合を優先する「私中心」の子育ての悩み

子育てに正解はありません。私なりに息子のことを考え、尊重したいと思うのですが、なかなか上手くいきません。息子が自分の所有物、思い通りにしたいとは思わないのですが、二人で生活している以上、なるべく自分のことは自分でしてほしいし、学校が近くではありません。

放課後友達と遊びたいのもわかりますが、「私も洗濯したい、晩御飯の準備をしたい、ペットの世話をしたい」と、結局私の都合を通してばかりだったように思います。「あなたは遊んでいるだけ、こっちはやることがいっぱいなんだよ!」と、イライラすることがよくありました。

年末の長期スクールホリデー中、あまりにも息子が自分でしたいことばかり主張し、一日中ゲームばかりしているように思えたことがありました。毎日同じことを言っているのに一向に改善されないこと、バレている嘘を突き通そうとすること、お金の価値がわかっていないこと、毎日働いている親を尊敬していないこと……など、少しでも考えてみようと思ってほしかったのですが、息子から一言、「マミーは僕のこと尊敬してないから、僕だって尊敬できない!」と言われてしまいました。

その時は、何もできない子供のくせに生意気だと感情的になり、声を荒げてしまいましたが、その後、これからどうすればいいのやらと考える日々でした。

義父母は「由香は頑張っているよ、パディはいい子だし、あなたがボスなんだからね」と言ってくれますが、威厳などなく、ただ息子に甘えられ、なめられているとしか思えませんでした。

仏教の知恵「育児は育自」による気づき

そんな時、「子育てに活かす仏教の知恵」的なタイトルの内容をネットで見つけ、自分に何が足りなくて、どういう考え方をすれば良かったのか「気づき」のチャンスと巡り合いました。

“「育児は育自」という仏教的な子育て観”

本当にそうだと気づけました。

息子にズバリ言われたように、今まで彼の主張にちゃんと耳を傾けていなかったから、彼からの信用も尊敬もなかったのだと気づきました。一人の人間として私は接してきたつもりでしたが、どこかで「子供なんだから、何もできないんだから」と、私の意見ばかり優先させてしまって、息子に嫌な思いをさせていたと思います。

縁起と恩の意識が変える親子関係

お互い「縁」あって出会えた息子と私。これから思春期を迎える息子ともう少し話す時間を作り、言葉、言語の難易度ではなく心の会話でお互いを尊重しあい、支え合っていきたいと思います。

自分ひとりでは生きていけない、世の中は「縁起」で繋がっているという事実。そして、息子にも「」の意識が育てば、「慈悲」の心も目覚め、自然と思いやりや感謝を表現できるようになると思います。

「育児は育自」。息子といることで私もこれからどんどん成長し、息子にも自ら学んで気づいていける自主性を持って成長していってほしいです。これこそが、私なりの仏教的子育ての実践です。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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