誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

諸法無我を知り、生き合う

太平洋に住む人は、毎朝、朝日が昇る風景を美しいと見つめる。
日本海に住む人は、毎夕、夕日が沈む風景を美しいと見つめる。
山の高いところに住む人は日の力を誰よりも強く感じ、谷に住む人は日の大切さを誰よりも知る。

すべて同じ太陽なのに、それを見る人によって、現象を受け止める人によってそれは変化する。それも自身にとって都合の良いように。

自身にとって良いものを集めれば集めるほど、それを持たないものを憐れむ。その行動には際限がないから、もっともっとと集めようとするが、思うように集まらない。
その結果、今置かれている状況を特別なものとして思い込むようになる。そしてそれ以外はダメを出す。批判する。少しの仲間を集めて炎上させる。
これが人の作る社会の真実。この世はその人が作り出した身勝手な世界。

AIをはじめテクノロジーが進化し、それを日常で扱えるようになった。しかしそのテクノロジーの生み出すものは、これまで人間が行ってきた歴史のまとめ。これで同じ間違いを繰り返す頃はぐっと減ることだろう。
本当に?過ちを繰り返さないどころか、過ちの修正もままなっていない。そして過去のまとめに頼れば頼るほど、どんどん新しいものは生み出されなくなる。まぁそもそも身勝手な世界にはすでに唯物的なものは出尽くしており、しばらく新しいものは生まれてはいないのだが。。。

この身勝手な世界の中に、私も確かに今生きている。脈々とこの全身を欲と恐怖が駆け巡っている。愚かにまみれながらのたうち回っている。

そんな私に、生きるを軽やかにするために、お釈迦様はきちんと教えてくれている。この世は一切皆苦であり、諸行無常であると、そして諸法無我であると。

私の見解ではこの中でも諸法無我を知らないがゆえに身勝手な社会、仮初めの世界から抜け出せないでいると考えている。

これらに想いを寄せ、理解をしようと日々過ごすだけでも、今の生きるが尊い体験であることがわかる。
そして深く深く学べば学ぶほど、涅槃寂静、心が静かになる。ただ、これは何ら時別なことではなく、だれでも到達できることである。

だから私は隣の人に伝えたい。そしてその隣の人と手を取り支え合っていきたい。上も下も前も後ろもない生き合うを広げたい。
そして仮初の世界の向こうにある“空”に至る。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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