誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

「人生を変えるのに修行を要らない」を読んで

1、書籍の中の「どの小節・文言」に惹かれたり、感じることがあったか?

たくさんありましたが、「あなたは今日からあと何日生きられる?」という言葉が最初にあることに、すごい意味を感じました。

2、また、それはなぜなのか?

私は偶然、昔から「あと何日、日曜日があるか知っている?」と、人に問うて来ていたので、この言葉にとても親近感を感じました。世の中の人々を眺めていると、無為に人生を生きている人が多くて、本当に勿体ないと感じます。
まさに「生きるために生きる」という状態です。実は昔の私も、悶々としながらも、そんな日々を過ごしていたので、そちら側の気持ちもわかります。

色々な学習、経験を経て、いまは、「死ぬこと」以上に、「好きなことをできない人生」「たくさんの経験ができない人生」「長いだけで太さがない人生」の方が、リスクだと確信しています。その目的のために我々は、地球を選んで産まれて来ているのですから。

今回のコロナ禍で、経済を進めろ派と、命を守れ派が、まっぷたつに分かれて、議論をしても寝返る人もおらず、分断されたままだったと思います。これもこの死生観が根底にあると思っています。
人生を、「死なずに長く生きることが大切」と捉えている人と、「やりたいことやって生きなきゃ人生じゃない」って捉えている人では、前提の考え方が違うため、小手先の統計などで、お互いが説得し合えるはずがありません。

コロナという仮面をかぶっていただけで、わたしには死生観の議論に見えました。愛葉さんのおっしゃる通り、人間はどうせ100%死ぬのですから、「何のために産まれてきたか?」「どうやって生きたらより幸せか?」「悩みとはなぜ産まれるのか?」「愛とはなにか?」「宇宙はどういう仕組みになっているのか?」「宗教とは何か?」
こんなことを、みんなで話題にするような、各々が深めていけるような世の中にしたいなと思っています。
お金稼ぎという単なるツールに多くの人が執着し過ぎていて、もっと大切なことに時間と労力を割く方が、幸せ自体は増えます。本当は、みんなお金が欲しいのじゃなくて幸せが欲しいだけですから。

3、そして、今この時に得度へ一歩を踏み出したきっかけはなぜなのか?

当初のきっかけは、周りの人生相談に乗ることが多く、説得力を持たせるために、肩書が欲しいと思ったことです。
昔から「僧侶」という単語には憧れがありました。思い返せばロールプレイングゲームをやるときは、いつも自分は「僧侶」を選んでいました。攻撃的なことにはあまり魅かれず、人を癒すことが根っから好きだったのだと思います。

ただ、常にネックだったのが、僧侶になるには、世を捨てて、厳しい修行をしないといけないということでした。とりあえず、門前で3日間土下座したら中にだけは入れてもらえるとか、そこまでの覚悟はなかったですし、娑婆のビジネスなどを通して、世の中を変えていきたいこともありました。

数年前に「黎明」というスピリチュアルの大作を読んだ時に、「現代人は、世を捨てて修行をするより、カルマヨガという、娑婆を生きながら修行をするのが一番良い」的なことが書かれていて、とても納得したのを覚えています。

とはいえ、気になる「僧侶」。その時に見つけたのが、愛葉さんの掲げる「出家せずとも、日々の生活を生きていれば、それが修行になる」というような内容のネット記事でした。とても共感したのが、今回一歩踏み出せたきっかけです。

今後どうなるかはわかりませんが、人生経験上、直感で「ピン」と来て行動したことは、後々振り返ると、人生において「大きな点」であり、大切な線になると、私は知っています。

まずは、このきっかけに感謝し、今までの生き方以上に、みんなに有意義な人生を歩んでもらいたい、幸せな人生を歩んでもらいたい、使命を果たしてもらいたい、楽に生きる方法を学んでもらいたい、そういったことを日々、より伝えていけたらと思っております。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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