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「自力の限界」に直面した私を救った他力本願の教え | ストレスからの解放と心の再生

「自力の限界」に直面した私を救った他力本願の教え | ストレスからの解放と心の再生

Report by 板垣学

すべてを自分一人で背負おうとする「自力」の思考が限界に達したときに救いとなったのは他力本願という逆転の視点でした。執着を手放し、大きな支えに身を委ねることで、疲弊した心がどのように再生したのか。こども食堂の運営を通じ、一方的な支援ではなく「互いに生かされている」という他力の本質に気づいた過程をレポートします。

「自力の限界」に気づくまで:一人で抱え込んだ日々

今までの私は、自分が引き受けたことはすべて、自分の力で完璧に成し遂げなければならないと考えて生きてきました。それは一種の自信でもありましたが、同時に大きなプレッシャーでもありました。

しかし、職場での上司とのトラブルがきっかけとなり、仕事も地域活動も、自分の力だけではどうにもならなくなってしまったのです。心身ともに疲弊し、何から手をつけていいかさえわからない状態に陥りました。

ストレスの極限で出会った「他力本願」の真の意味

そんな極限のストレス状態にあった時、たまたま他力本願に関するお話を読みました。そこで、初めて自力には限界があることを知りました(今まで自分の中にはこの考え方はなく、「自分は何でもできる」と思っていました)。

この時、「自力」の考え方に固執し、すべての責任を自分一人で負おうとしていたことが、私を苦しめていたのだと気づきました。何も手につかず、どうしていいかわからなくなってしまいました。この他力本願という言葉によって、すべてを自分の手から離すことを決めたのです。

他力に身を委ねることで得られた心の再生

「他力」とは、阿弥陀仏の救いのお力(本願力)を指しますが、私はこの教えを通じて、自分以外の大きな力、支えの存在を実感しました。

他力によって自分が健康になり、元気になれると思い、すごく助けられました。すべてを自分でコントロールしようとするのをやめた時、心に大きなスペースが生まれました。

この経験は、私が運営するこども食堂の活動にも新たな視点を与えてくれました。毎日、利用者様が私たちを頼って来てくださることも、大きな「他力」の実践であると思いました。私たちが彼らを一方的に助けているのではなく、利用者様の存在、そしてその信頼が、私たちの活動を成り立たせているのです。

仏教の教えは、日常の生活の中でこそ生きてきます。

これからも、様々な困難があると思いますが、一人で抱え込まず、他力本願の意味を胸に、活動や生活を続けていきたいと思います。この自力の限界を知った経験こそが、私にとって最も重要な教訓となりました。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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